千葉県

鈴木貫太郎(すずきかんたろう)記念館

鈴木貫太郎記念館終戦時の内閣総理大臣鈴木貫太郎(1867-1948)の軍服や日常 生活品などの遺品や肖像、御前会議の図などが展示されています。
鈴木貫太郎は関宿藩家臣鈴木由哲の長男として生まれました。2.26事件では瀕死の重傷を負いました。昭和20年4月に総理大臣 になり、無条件降伏による第二次世界大戦の終結を実現させました。吉田茂総理大臣の提案で「鈴木貫太郎記念会」が組織されたこと をきっかけに記念館が建設され、昭和41年に開館しました。

所在地 千葉県野田市関宿町1273
入館料 無料
休館日 月曜日、年末年始、 祝日の翌日(5月4日を除く)
問い合わせ 電話04-7196-0102

関宿関所跡石碑

関宿関所跡石碑江戸時代、江戸川と権現堂川の分流点に関所を設け通行人や船荷改めが行われました。寛永8年(1631)に関所の管理が関宿藩に委ねられ、幕末まで関宿藩士が派遣され在番し、江戸の治安を担うと共に、川関所として重要な機能を果たしました。

昌福寺(しょうふくじ)

真言宗清滝山昌福寺の創建は天長5年(829)と伝えられています。もとは水海村(茨城県総和町)にありましたが、簗田氏が関宿城を築いたときに関宿に移されました。
江戸時代には寺領15万石、末寺17寺を有する名刹として繁栄し、明治には本堂などが旧関宿町の役場として利用されました。なお、住職の下河辺氏は鎌倉幕府御家人下河辺行平(下河辺荘の荘司)の子孫です。

所在地 千葉県野田市関宿台町257
問い合わせ先 電話04-7196-0326

実相寺(じっそうじ)

実相寺日蓮宗宝樹山実相寺は応永16年(1409)年、日英上人の創建とされ、簗田氏が関宿城に入ったときに水海村(茨城県総和町)から移したと伝えられています。
境内には関宿城本丸から移築した客殿があります。本堂には久世家歴代の藩主と奥方の位牌が安置されています。また墓地内には終戦時の内閣総理大臣鈴木貫太郎やその弟鈴木孝雄(靖国神社宮司)などの墓があります。

所在地 千葉県野田市関宿台町2140
問い合わせ 電話04-7196-0403

宗英寺(そうえいじ)

宗英寺曹洞宗観照山宗英寺は、関宿城主松平康元(徳川家康異父弟)によって、慶長元年(1596)に建立されました。山門の柱の葉彫は貴重なもので、創建当時のままです。
境内には第4代古河公方足利晴氏、関宿藩祖松平康元(徳川家康の異父弟)、関宿藩士で治水事業の功績者船橋随庵など関宿の歴史を物語る人々の墓があります(写真は松平康元の墓)。

所在地 千葉県野田市関宿台町57
問い合わせ 電話04-7196-0303

雲国寺(うんこくじ)

浄土真宗雲国寺は、下河辺荘領主佐竹義経によって、寛正5年(1464)に建立されました。この寺の前は関宿城大手門に通じる日光東往還があり、当時の面影を今に残しています。
本堂格天井(ごうてんじょう)には百人一首や花の絵が描かれています。

所在地 千葉県野田市関宿元町119
問い合わせ 電話04-7196-1015

常敬寺(じょうきょうじ)

浄土真宗本願寺派中戸山西光院常敬寺は、関東七個大寺のひとつに 数えられ、弘安7年(1284)に唯善上人(浄土真宗の開祖親鸞の孫)によって建立されました。
この寺には鎌倉時代末期の作といわれる「阿弥陀如来座像」と「親鸞上 人座像」があり、いずれも千葉県有形文化財に指定されています。

所在地 千葉県野田市中戸379
問い合わせ 電話04-7196-1310

光岳寺(こうがくじ)

光岳寺初代藩主松平康元が、慶長7年(1602)にその母於大の方のために創建した寺院で、瓦には葵のご紋がうたわれています。
また、康元が於大の方を偲んで建立した子育て地蔵尊が、最初に参詣者を迎えてくれます。

大龍寺(だいりゅじ)

縁起

大龍寺 - 縁起下野(しもつけ)の国、宇都宮在のある家で、前世の因縁から主人の愛人の出産を憎悪する本妻の執念が昂じて愛人とその生まれてくる子を「祈り釘」でのろい殺そうとした。恐れをなした主人は、幡随意上人を頼って自分の不徳をわびると共に事の収拾を嘆願した。上人が念じて記した六字名号札は祈り釘を抜き、上人の諭しで前非を悔いた妻は龍となって昇天した。龍となった妻を供養する為に寺が建立されその縁起に基づいてを大龍寺と名づけた。
大龍寺では、古くから続く「釘抜名号」の安産のお守りと厄除災難除のお札を今も授けています。
また享保10年(1725)関宿領内を中心に猿島坂東三十三所観音霊場が開かれ第二番札所として七体の観音様が安置され信仰を集めています。

杉山対軒の墓

大龍寺 - 杉山対軒の墓明治維新の時、関宿藩は勤王・佐幕の二派に分かれて論争が激化し、藩士の脱藩者が相次ぐ事態になりました。対軒は勤王派に属していましたが、この事態の収拾をはかるべく藩士を説き、政庁に訴えて関宿藩のため努力しました。明治2年、対軒を妬む反対派によって暗殺されました。39歳でした。

住所 野田市関宿台町309
電話 04-7196-1424
FAX 04-7196-1424

関根金次郎(せきねきんじろう)墓碑

関根金次郎墓碑関宿町東宝珠花で生まれた関根金次郎(1868~1946)は、幼い頃から将棋の修行を積み、13世名人になりました。
関根はこれまでの世襲制名人位を実力制に改めるなど、今日の将棋制度の基礎を作りました。歌「王将」のモデル坂田三吉とは宿命のライバルで、数多くの名勝負を重ねました。
墓碑は将棋の駒をかたどったもので、「将棋十三世名人 関根金次郎碑」と書かれています。

所在地 千葉県野田市東宝珠花1202-1
問い合わせ 電話04-7125-1111(野田市教育委員会)

いちいのホール

いちいのホール合併前の旧関宿町役場庁舎を複合施設として2004年にリニューアルし、図書館や舞台施設、関根名人記念館などがある。 建物の名称は旧関宿町の木であった「イチイ」に由来しています。

グライダー滑空場

グライダー滑空場(財)日本航空協会が旧関宿町南部の江戸川河川敷に設置した国内最大の滑空場です。各地の大学のグライダー部が練習しています。
今日も鳥のように大空を舞っていることでしょう。

所在地 千葉県野田市平井123
問い合わせ 電話04-7198-1401

小林家四つ足門

小林家四つ足門埋門とも呼ばれ、関宿城の南にあった門のひとつと伝えられています。鬼瓦などには、久世氏の家紋を確認することが出来ます。

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関宿城博物館