絶滅危惧種アサクサノリ

絶滅危惧種アラクサノリの生育状況

イギリスの K.M. Drew 博士の碑
※左はノリの生活史を解明したイギリスの K.M. Drew 博士の碑。
 熊本県宇土市にある。

千葉県立中央博物館 分館海の博物館
担当研究員 菊地 則雄

 

1.目的

「あさくさのり」という名前はよく聞くと思います。私たちが食べる乾海苔の名前です。漢字で書くと「浅草海苔」。これは、古く江戸時代にノリの養殖が始まった頃、江戸湾の浅草あたりでもノリが採れていたので、この名前がついたと言われています。
その後、明治時代になり、日本にも西洋式の生物分類学の研究が始まり、日本の海藻学の祖と呼ばれる岡村金太郎博士が、当時養殖されていた「浅草海苔」は分類上ひとつの種であることを確かめ、その種に学問上の標準和名「アサクサノリ」を与えたのです。アサクサノリは全国各地で養殖されるようになりました。
ところが、第2次大戦後、増え続ける乾海苔需要に応えるべく、色や味が良く、成長も速く、収穫量も多いスサビノリが養殖対象種として導入されました。さらに、アサクサノリがすむのに適した内湾の浅海干潟などが国の工業化に伴い埋め立てられ、アサクサノリはどんどんすむ場所を失っていきました。こうして、すむ場所を失い、養殖もされなくなったアサクサノリはどんどん減少していきました。

アサクサノリの標本スサビノリの標本

2.調査方法

調査は、1998年11月~2001年2月にかけて行いました。アサクサノリはだいたい11月~翌年3月くらいまで出現します。従って、調査はその間に行いました。
ちなみに、ノリはその他の季節は、糸状体という顕微鏡でないと見えないくらい小さな体で、しかも貝殻などの石灰質の物の中に孔を掘ってその中に入り込んで生きています。

 

3.平成12年度までの結果と考察

平成7年度~12年度までに、勝浦市吉尾、鵜原周辺で採集された海藻は、177種(未同定種も含む)でした。内訳は、緑藻25種、褐藻47種、紅藻105種でした。また、採集して標本を作成した後、未整理状態の標本があります。

アサクサノリの生活史

ちなみに、そのことを発見したのが、冒頭の担当研究員の横に写っている碑となったDrew博士です(※本ページ上部写真参照)。このノリの生活史の解明により、糸状体を使ったノリの養殖技術が発達し、乾海苔の生産量が増大したので、現在の海苔産業の恩人であるDrew博士の碑が日本人の手によって建てられたのです。
調査地は、日数が限られていることから、東北から九州の内湾の河口に干潟が発達している地を選んで行いました。調査地では、干潟をなるべく広範囲にまわって目視観察し、ノリの着生を確かめ、着生していた場合は、着生量に応じて採集を行い、後日、顕微鏡で形態を調べて、同定を行いました。

4.結果

調査の結果、全国でアサクサノリの生育が認められたのは8地点でした(アサクサノリの生育地の図)。また、近年、アサクサノリと思われる葉状体が採集された千葉県富津岬では、今回の調査では採集されませんでした。

アサクサノリの生育地の図

アサクサノリが採集された地点の特徴を見ると、ほとんどが内湾の河口付近に広がる干潟であり、軟らかい泥の干潟が多い傾向が認められました。
東北地方の生育地では干潟にアシが生えていて、その根元にアサクサノリが着生しているのが見られました。その他、木の杭や流木などに着生しているものが多く、石に着生しているものは少ない傾向が見られました。

宮城県亘理郡亘理町 干潟に生えるアシにアサクサノリが着生

この写真は、宮城県亘理郡亘理町にある鳥の海という海につながった小さな湖のような場所の、干潟に生えるアシにアサクサノリが着生している様子です。アシの根元に茶色く着いているのがアサクサノリです。
宮城県の産地では、アサクサノリはこのように干潟に生えるアシに着いていました。江戸時代は干潟にアシが普通に生えていたようなので、このようにアシにアサクサノリが着いている、というのが昔の干潟の原風景だったのではないかと想像します。
しかし、他の地域の干潟に生えるアシには、アサクサノリは生えていませんでした。それは、アシが生えるような場所は、ちょうど流れてきたゴミがたくさんたまっている場合が多く、アサクサノリが生えにくいためと考えられます。

福島県相馬市松川浦 アサクサノリの着生状況

これは、福島県相馬市松川浦という場所でのアサクサノリの着生状況です。
この場所は、まだノリの養殖が天然採苗(海に網などを張って、天然の胞子が流れてきて網についたものを養殖に用いる方法。現在は、人工的に網に胞子を付ける人工採苗が行われている)の時代だった頃、良いアサクサノリが付く「タネ場」として有名な場所でした。
ここでは、現在緑藻のヒトエグサ(海苔の佃煮の原料です)の養殖が行われており、その網にアサクサノリが着生していました。網の縁に細長い茶色いものが付いていますが、それがアサクサノリです。
長崎県の島原半島に位置する有家町堂崎でも、このようにヒトエグサ養殖の網上にアサクサノリと思われるノリの着生が認められました。

熊本県の天草地方、天草郡河浦町の一町田川河口に広がる干潟もアサクサノリが生育していますが、ここはこれまで一度もノリ養殖が行われたことがなく、正真正銘の野生のアサクサノリであることがわかっています。
ここは、軟泥質の干潟で、歩いていくとずぶずぶと入り込んでしまうところもあります。ここでは、アサクサノリは干潟に立っている杭の上や取り残された流木の上に着生していました。他に、山口県下松市笠戸島や三重県伊勢市大湊の宮川河口干潟でも流木や杭に着生しているアサクサノリが見られました。

熊本県の天草地方天草郡河浦町のアサクサノリの生育地河浦町のアサクサノリの標本
流木い着生するアサクサノリ杭に着生するアサクサノリ

なぜアサクサノリはアシや流木などにたくさん着いて、石にはあまり着かないのでしょうか。石などは、泥によって埋まったりするため、アサクサノリが着きにくいのではないかと考えています。また、ノリの生活史の中で糸状体は貝殻などに孔を掘ってその中に入り込んでいると述べましたが、この糸状体が入り込んだ貝殻が泥の中に埋まってしまう可能性も考えられます。海藻も光合成をして生きていますから、泥の中に埋まってしまうと、太陽の光が当たらずに死んでしまいます。これらのことから、干潟が軟泥化することによってアサクサノリが生育しにくい環境になっていることが推察されました。

今回の調査で訪れた干潟の多くはかなり軟らかい泥の場所が多く、アサクサノリの生育に適した場所は少ない印象を受けました。例えば名古屋の藤前干潟は渡り鳥の中継地として重要な干潟ですが、かなりの軟泥で、水質もあまり良くなく、海藻もほとんど見当たらない場所でした。アサクサノリが生育するには過酷な環境なのでしょう。

河浦町は1999年1月、2000年1月と2回の調査を行いましたが、2年目の方がやや生育量は多いようでした。しかし、年変動がかなり大きいらしく、ほとんど認められない年もあるそうです。今回生育が認められた生育地の面積や生育量から考えて、やはり絶滅危惧種の判定は変わらないものと考えられました。また、河浦町の干潟は、以前干拓工事が進められ、現在はストップしている模様ですが、周辺の別の干潟では干拓が進められている場所もあり、今後、干拓が再開することにより、アサクサノリがさらに少なくなってしまう恐れも考えられます。このように埋め立てや干拓などの計画が多いこともあり、今後も生育状況などを継続して見守っていく必要があります。

5.アサクサノリを絶滅させないためにはどうしたら良いか

たった3カ年の調査でしたが、アサクサノリの生育地やその特徴をいくつか明らかにすることができました。では、今後どのようにしたらアサクサノリを絶滅させないようにすることができるのでしょうか。今回の調査結果から言えることはごくわずかで、技術的な方法としては、アサクサノリの生育場所である干潟にアサクサノリが着生できる基質(杭、木、アシなど)を増やすこと、があります。それと同時に、アサクサノリの糸状体がすむことができる貝殻などの基質を増やすことが考えられます。
しかし、これらの方法も、生育場所である干潟の環境が悪化していけば効果がありません。これ以上の干拓や埋め立てを見直し、周辺の建物などからの排水を海や川に直接流さないようにするなどの環境改善が必要となると思います。

また、アサクサノリがどのような環境で最も生きていきやすいのか、天然ではどのような時期に糸状体から葉状体になるのか、などの詳細はよくわかっていません。今後、絶滅をくい止めるという観点からのこのような研究がぜひとも必要です。できればそのような研究を推進できればと思っています。
それから、今後も別の生育地での調査を行うとともに、生育場所を継続的に調査し、生育量を見守る必要もあります。

さらに、アサクサノリは糸状体を保存培養しておく方法で系統保存することができます。この保存を確実に行い、もし仮に天然で絶滅したとしても保存していたものから天然に戻すことも、最後の手段としては必要になるでしょう。現在は、限られた研究者が糸状体を細々と継代培養し、保存している状況ですが、それを国などの公的機関が責任を持って保存していく制度を確立すべきと考えます。

各地で採集されたアサクサノリ各地で採集されたアサクサノリから培養した糸状体

海の博物館の藻類培養室内で保存培養されています。

一般に目につきにくい生物は、天然記念物のトキやイリオモテヤマネコのように注目されることもなく、ひっそりと絶滅していくことがあります。アサクサノリのように、ある意味名前の知られた生きものでも、絶滅の危機が訪れていることを知っている人は本当にまれです。私たち研究者に課せられた仕事として、これらの生きものの状況を広く一般の人たちにも知ってもらえるよう、努力していきたいと思っています。

みなさんにも、ぜひ、このように注目されない生きものにも目を向け、その大切さを理解していただき、関心を持っていただきたいと思っています。

謝辞

本調査は、吉田忠生北海道大学名誉教授、吉永一男氏(三洋テクノマリン)とともに行ったものです。おふたりに心から感謝します。また、結果をこのような形で公表することを許してくださった社団法人日本水産資源保護協会に感謝します。
調査にあたり、たくさん方から情報をいただき、現地調査に同行していただきました。いちいちお名前はあげませんが、ここに謝意を表します。

(平成13年10月18日作成)