特別公開「赤羽刀」

 大多喜城分館では、ただいま「赤羽刀」を展示しています。

 昭和20年の終戦後、進駐軍によって、膨大な数量の刀剣類が接収され、東京都北区赤羽にあった米第八軍兵器補給廠に集められました。昭和22年、このうち約5,000口が東京国立博物館に移送され一部が所有権者に返還されたものの、大部分は同館に保管されました。このような経緯から接収刀剣類を「赤羽刀」と通称しています。

 平成7年「接収刀剣類の処理に関する法律」が成立し、所有権者不在の「赤羽刀」を全国の公立博物館等に無償譲与して公開、活用することとなり、本館では38口の赤羽刀の譲与を受けました。

 今回の展示では、譲与を受けた資料のうち、研磨作業が終了し、往時の輝きを取り戻した優品を厳選して特別に公開いたします。

 是非、大多喜城でご覧ください。

 

【太刀 近村上(ちかむらたてまつる)】

長さ2尺1寸5分2厘(65.2cm) 反り7分9厘(2.4cm)

平安時代末期

 近村は、一説に山城国(京都府)三条派(むね)(ちか)または吉家(よしいえ)の子とされ、備前国(岡山県)に住んだと伝わっています。 銘は「近村」または、「近村上」と切りました。細身で腰反りが強く、(きっさき)の小さい古雅な姿です。鍛えは板目(いため)つみ、刃文は細直刃(すぐは)に焼いています。
 


【昭和13年制定陸軍制式軍刀拵(こしらえ)】

昭和時代

 昭和13年(1938)に旧日本陸軍で正式採用された形式の拵。昭和13年が皇紀2598年に当たることから、末尾二桁の数字を取って俗に「九八式軍刀」と呼ばれています。(さや)はカーキ色に塗装された金属製で、佩環(はいかん)は一環式で、(つか)元には刀の脱落を防ぐ(ちゅう)(そう)が付きます。柄頭(つかがしら)には「丸に橘」の家紋があり、尉官(いかん)用の(とう)(ちょ)が付属する。野戦用の革覆いがかけられています。本資料は「赤羽刀」ではありませんが、太平洋戦争の刀剣の使用法を示す資料として展示しました。

 

※2階展示室に、令和3年12月26日(日)まで展示しています。

 

 

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