水郷の稲作

第二展示室

水郷の稲作

江戸時代の水田開発によってきりひらかれた十六島は、水郷とよばれ早場米の産地として有名です。
かつての水郷は、低湿地帯として知られ、なかでもその名にふさわしいところは、当博物館が所在する千葉県香取市新島地区でした。新島は、利根川本流と常陸利根川、横利根川に囲まれた川中島で、以前は、エンマと呼ばれる水路が家と家、家と水田を結んで縦横にめぐらされ、サッパ舟という小舟が農作業などに利用されていました。水田は水面よりわずかに高いだけなので、農家の人々は、年々なやまされる梅雨や台風による水害と戦いながら、稲作への努力と工夫を重ねてきました。
現在の水郷は、土地改良によって、エンマは埋められ、用排水路は完備し、乾田化がはかられています。そして、水田の仕事はほとんど機械化されて、大きく変わりました。

 

田植え準備田植え稲刈り調整

 

水郷の稲作風景 ミニチュア模型 田植え準備

水郷の稲作風景 ミニチュア模型 田植え準備田植えの準備をしている風景です。風車を使って水を田に入れています。牛がハローを牽いて、田の代かきをしています。ざるにこやし(肥料)を入れておいて、田に撒いている人もいます。
風車の脇では、ならし棒を牽いて地面を平らにならしています。右側では寄せつけをしています。
サッパ舟の上では、田に撒くためにエンマの川泥をジョレンでさらっています。子どもと犬が昼食を持ってきてくれたようです。エンマのわきには水門と水門小屋があります。

 


代かき

代かき牛がハローを牽いて、田の代かきをしています。
千葉県香取市の十六島周辺では牛は大正時代頃から導入され、昭和に入って増え出しました。
赤牛と呼ばれた朝鮮牛が主流で、水郷は牛を舟に乗せて田まで行かなくてはならなかったので、おとなしいこの種の牛が適していたそうです。
馬は舟に乗ると暴れるのでだめだったといいます。

 

泥掻き

泥掻き田に撒くためにエンマの川泥をジョレンでさらっています。泥掻きは客土だけでなく、田に地力をつけるためにしました。
ちょうどこの頃の土には、川藻などの腐敗物が混入しており、肥料効果が高かったからです。
また、各集落では三月末から四月上旬頃に、エンマ払いといって協同労働により、いわば浚渫(しゅんせつ)作業も行なわれました。

 

風車

風車風車(ふうしゃ)は、風の力を利用して水を揚げて、水を流す装置でした。千葉県香取市北でも昭和十一年頃から昭和四十年頃まで使われていたようです。

 

メンヅキと竿

メンヅキと竿サッパ舟には舟に水が入ってしまうときに掻き出すメンヅキがのっています。
エンマでは手前の竹の竿を川底などにさして、舟を動かしました。川などに出る時は櫓(ろ)を使いました。「竿さし三年 櫓(ろ)は三月」といわれ、竿の使い方は難しいものでした。

 

子どもと犬

子どもと犬子どもと犬が昼食を持ってきてくれたようです。
岡持におにぎりでも入っているのでしょうか。左手にはお茶の入ったやかんを持っています。
近くの田へ行った場合は家に帰ることもできましたが、遠い場合や農繁期はよく舟の上などで食事をとりました。

 

肥やし撒き

肥やし撒きざるにこやし(肥料)を入れておいて、田に撒いています。

 

ならしと寄せつけ

ならしと寄せつけ車の左側では、ならし棒を牽いて地面を平らにならしています。右側では寄せつけをしています。

 

寄せつけ

寄せつけ田のまわりに鍬を使って泥をつけて、水が漏れないようにしています。この作業を寄せつけといいます。

 

神社

神社田の脇に神社が建っています。田の豊作と水害がおこらないようにと作られた水神さまでしょうか。その右側にエンマに掛かる橋の上からだれかが手を振って呼びかけているようです。

 

水門

水門エンマのわきには水門があって、水の量を変えたり、水が増えてきた時はせき止めます。

 

水門小屋

水門小屋水門脇の小屋の中には、せき止めるための板やスコップなど水門に付属する道具が置かれています。

 

田植え準備田植え稲刈り調整