第一展示室

第一展示室

利根川のすがた

利根川は、もともと江戸湾(現在の東京湾)に注いでいましたが、近世初頭にその流れを東に移しました。

利根川図

 

香取に象がいたころ

香取の自然は、太古の昔より、数多くの生物を生み育ててきました。
約2億年前にさかのぼるフズリナをはじめ、約1億年前のアンモナイト、そして30万年前のナウマン象など…。
なかでも、ナウマン象は、当地方の広大な森林や草原に住みつき、豊かな自然の恵みのもとに、約2万年前まで生きつづけたものと考えられます。
こうした古生物のいた証拠となるものが時々見つかり、私たちを驚かせます。

 

ナウマン象頭骨化石(模造)

ナウマン象頭骨化石(模造)千葉県成田市猿山から出土したナウマン象頭骨化石(模造)です。ナウマン象の頭骨がこれほど完全に残ったものは多くありません。

 

千葉県成田市猿山の貝層露頭

千葉県香取郡下総町猿山の貝層露頭千葉県成田市猿山の貝層露頭を復元したもので、古東京湾時代(80万年~15万年位前)に栄えた貝類の化石や海底に生息した生物の生痕を見ることができます。

 

海に幸を求めて

海進(かいしん)によって台地を形成する関東ローム層の谷間にそって、海の水が川沿いの低地を伝わって陸地の奥深く入ってきました。
遠浅の海がひろがり、波静かな入江がいりくんだ香取(かとり)の海は台地に住む縄文時代の人々には自然の宝庫でした。
彼等は恵まれた海の幸を意欲的に利用するためにくふうし、努力して生活の技術や文化を見につけていきました。

 

縄文時代の漁法

縄文時代の漁法は、石・獣骨・鹿の角など作ったやす、もり・釣針による突漁(つきりょう)・釣漁や、植物の繊維などで編んだ簡単な網を使った網漁、加えて、簀立漁(すだてりょう)、威し(おどし)漁法などによって、多種類の魚をとったものと考えられます。

釣針・モリ(銚子市余山貝塚・複製品)

釣針・モリ(銚子市余山貝塚・複製品約3000年前の縄文人が釣漁や突漁に使用した鹿角から作られた釣針とモリです。
マグロ・スズキなどの大型魚をはじめ、様々な魚が捕られていました。

 

勢力を伸ばした豪族たち

農耕文化が発達すると階級が生まれ、各地に有力な豪族が現われました。彼らは冨と権力をもって大きな墓(古墳)を築きました。
香取地方では片野・城山古墳などがその代表といえます。
特に小見川城山古墳群の中から出土した吾作銘三角縁三神五獣鏡(ごさくめいさんかくぶちさんしんごじゅうきょう)は京都大塚山古墳から出た鏡と似ているので6世紀ごろの北総に畿内文化が伝わっていたことが明らかになりました。

石枕(香取市十三塚古墳群出土)

石枕(佐原市十三塚古墳群出土)古墳の埋葬に使われた石製の枕です。
中央部に円形の窪みを作り、周囲に飾りの立花(りっか)を立てる穴がめぐさらされています。
石枕は現在の利根川下流域の千葉県や茨城県に多く分布する、地域的な特色を持った遺物です。

 

香取・鹿島の神

香取の人々は山野で狩りをし、海辺で漁をしていましたが、今から約1000年~1500年ほど前、強大な大和朝廷の勢力が関東に入り、香取の海を中心として沿岸一帯に新しい農業文化をこの地方に開きました。 この関東開拓の有力な祖神を祭ったのが、香取神宮と鹿島神宮です。

 

香取神宮の海獣葡萄鏡(複製)

香取神宮の海獣葡萄鏡(複製)香取神宮の御神宝です。
中国の唐時代(8世紀)のもので白銅製の円鏡です、中央に高く大きな紐(つまみ)を据え、これを中心に内外二区に分かられます。
紐はたてがみを渦巻かせ、獲物をくわえながら四肢をふまえてうずくまる肉どりの厚い海獣です。
これをめぐって大小の海獣・孔雀(くじゃく)・鳳凰(ほうおう)・天馬などの鳥獣と葡萄唐草文(ぶどうからくさもん)で飾っています。直径29.5cm 縁厚さ2.0cm。
なお、香取神宮の海獣葡萄鏡と大きさ、材質等のまったく同じものが、奈良の正倉院に保存されています。

 

香取の中世の文化

現在の利根川・霞ヶ浦などが一つとなった大きな内海を舞台として、人や物資とともに文化の交流が広く行われました。
武家政権の誕生によって、鎌倉を中心とした新たな仏教思想や文化が生まれ、香取の寺院や神社にも伝えられました。

大般若経(千葉県指定有形文化財)

大般若経 (千葉県指定有形文化財)

神崎町 神宮寺蔵。
平安時代後期から室町時代までの写経と版経からなる大般若経。貞治2年(1363)に現在の佐倉~八街にまたがる白井庄にあった六所宮に奉納されたのち、16世紀頃に神崎町の神宮寺に改めて奉納されました。写経に関わった僧侶は県内をはじめとして、現在の広島県出身の者もおり、当時の広範囲な文化交流の一端を知ることができます。

 

日蓮聖人像(複製)

  • 原品は国指定重要文化財。
  • 日蓮は現在の千葉県鴨川市に生まれ、後に日蓮宗を開いた鎌倉時代の宗教家です。
  • 強い意志の日蓮の姿を描く本作品は鎌倉時代後期に制作された本格的な肖像画といえます。
  • 原品は市川市浄光院所蔵。

日蓮聖人像(複製)

 

梵鐘(複製)

  • 香取神宮の神宮寺であった金剛宝寺(こんごうほうじ)に至徳3年(1286)に奉納された梵鐘です。
  • 作者の秦景重は、現在の栃木県佐野市で活躍していた鋳物師(いもじ)であったと考えられています。

梵鐘(複製)

 

銅造十一面観音坐像(複製)

銅造十一面観音坐像(複製)

〈光背銘〉(陰刻)
奉送
 香取神宮本地四軆内
 十一面観音菩薩
 右志者為天長地久当社
 繁昌異国降伏心願成就
 造立如件

弘安五年壬牛八月一日

仏師沙弥蓮願
敬白

  

千葉県香取市牧野の観福寺にある銅像十一面観音坐像(複製)です。
神仏習合のころ、香取神宮の本地仏として作られた懸仏(かけぼとけ)四体のうちの一つです。明治初年の神仏分離の時に、観福寺へ地元の篤志家たちの手によって納められました。元の襲来に関係する仏像として、また鎌倉時代のすぐれた美術品として貴重です。
展示では坐像が回転して、光背の銘が読めるようになっています。