重点研究「下総台地東部の自然」

重点研究「下総台地東部の自然」

 

 本重点研究は「下総台地東部において植物・菌類のフロラ(※1)調査や生態学的調査、昆虫を含む動物のファウナ(※2)調査や生態学的調査、地学分野の地形・地層・化石調査などを行うことで、この地域の自然誌分野の基礎的な知見と資料(登録標本含む)を増大させるとともに、生物相の多様性と特異性や、地質の特性を明らかにする」ことを目的として令和2~4年度の3年間行うもので、当館研究員21名が研究グループに参加しています。

※1:【フロラ flora】植物相。ある特定の地域に分布し生育する植物の全種類。ある特定の地域に分布し生育する菌類の全種類を菌類フロラと呼ぶことがある。
※2:【ファウナ fauna】動物相。ある特定の地域に分布し生育する動物の全種類。

 こちらのページでは、重点研究に参加する研究員の調査の取り組みや、これまでの成果についてご紹介します。

 

目次

  1. 重点研究「下総台地東部の自然」を開始しました(令和2年12月15日掲載)
  2. 旭市の植物相調査(令和3年1月15日掲載)
  3. 下総台地東部には、いまどんな昆虫がいるのか(令和3年2月23日掲載)
  4. 下総層群の貝化石調査(令和3年3月12日掲載)

 

重点研究「下総台地東部の自然」を開始しました

 千葉県立中央博物館には44名(令和2年度現在・3分館含む)の自然誌系(地学、動物、植物・菌類)専門職員がいます。これら職員は各自の専門分野について、地域研究課題(千葉県に関する研究)と普遍研究課題(千葉県に限定せず、日本・世界規模で展開する研究)の研究テーマを設定して、調査研究を行っています。調査研究の結果、収集した資料は標本化して館の資料として登録し、また得られた知見を論文として公表するとともに、展示や行事等を通じて県民の皆さんに成果を還元しています。

 また、地域研究課題と普遍研究課題の他に、今日的な課題を短期集中的に扱う重点研究も進めています。平成24~28年度に実施された重点研究「房総丘陵の自然−過去、現在、未来−」では、房総半島南部の丘陵地域を地学、動物、植物・菌類各分野の職員が調査し、甲虫の新種の発見を含む多くの成果をあげ、それらは400ページを超える報告書「自然誌研究報告特別号10『房総丘陵の自然誌』」(平成29年3月発行)や、平成30年度秋の展示「房総丘陵はすごい−調べてびっくり、新発見の数々−」として公表しました。

 この房総丘陵の重点研究に続くものとして、房総丘陵の北部に位置する下総台地の自然に関する重点研究を、令和2~4年度に行うことにしました。下総台地全域を3年で調査することは困難であるため、この3年間では概ね佐倉市以東の下総台地東部を扱うこととしました(図1)。下総台地西部についてはその次の3箇年で調査することを予定しています。

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図1 調査範囲地図 台地(薄茶色の部分)のうち、青い線より東側がおおよその調査範囲
(『千葉県の歴史 資料編 考古1』(千葉県、2000年)p.232を改変)
PDFはこちら(1395KB)(PDF文書)

 

 館職員21名で、地学分野の地形・地層・化石調査、昆虫を含む動物のファウナ調査や生態学的調査、植物・菌類のフロラ調査や生態学的調査などを行います(表1)。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、調査に出られない状況が続いていましたが、ようやく秋から調査を開始することができました。この地域の自然誌分野の基礎的な知見と資料を増大させるとともに、生物相の多様性と特異性や、地質の特性などが明らかになることが期待されます。

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表1 重点研究「下総台地東部の自然」の調査内容と担当職員
PDFはこちら(60KB)(PDF文書)

 これから本重点研究に参加している館職員21名各人が行う調査内容の予定や成果について、概ね月1回のペースで紹介させていただきます。3年後にどのような成果が得られるのか、期待しながらお読みいただければ幸いです。

(研究代表者 自然誌・歴史研究部長 萩野康則)

 

旭市の植物相調査

 中央博物館では千葉県内の維管束植物(被子植物・裸子植物・シダ植物のこと)を市町村単位で調査してきました。昨年度までで木更津市の植物相調査が終了し、現在は調査結果の取りまとめを行っています。これと平行して、今年度は重点研究の一環として下総台地東部、なかでも特に調査記録の少ない旭市の植物相を調べることになりました。

 

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図1 GPSを活用して地形図上に調査ルートを記録する。

 維管束植物の調査では、調査地区全域を1kmの枠に区切り、全ての枠を訪れて、そこに生育する植物を調査します(図1)。ただし、耕地整理の終わった田圃が何キロにもわたって続いているような場合は2km四方の枠で調査することも考えています。各枠では、田圃、畑を通って社寺林の残る神社に至るような、できるだけ多様な環境を通るコースを設定し、そこを4-5人で歩いて目についた全ての植物を記録し、花や実のついている植物、千葉県では珍しい植物については証拠となる標本を採集します(図2、3)。一つの枠を調査すると、100〜300種の植物が見つかり、一つの市町村ではおおよそ1500種類ほどの植物が記録されます。

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図2 目視記録のようす。
目についた全ての種類を記録する。
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図3 標本作成。
現地で仮押しをする。博物館に戻ってから形を整える。

 

 植物採集では、花や実がついていれば普通に見られるいわゆる「雑草」も採集します。今は普通種でも、いつ急減してしまうかわからないからです。例えば実が「ひっつき虫」と呼ばれて、かつてはどこででも見られた「オナモミ」は、千葉県からすっかり姿を消してしまい、最新版の千葉県レッドリストではA最重要保護生物に選定されています。こうした場合、かつて広く見られた「オナモミ」が本当にオナモミなのか、それともオオオナモミなどの見間違いなかのかは標本を見なければ確定できません。

 最近は、シカやイノシシの増加、気候の変化などのためか、数十年という、自然誌的には比較的短い期間に生えている植物が大きく変化することが増えているようです。千葉県では、何がどのように変わっているのかを知るためには、記録を積み重ねるしかありません。現在の記録は現在しか取れないのです。多くの先輩が採集した標本から、私たちは過去の千葉県の植物について、知ることができます。私たちも子孫が自然の変化を確かめることができるように、標本や目視の記録を残しているのです。

(分館海の博物館 分館長 斎木健一)

 

下総台地東部には、いまどんな昆虫がいるのか

 標高およそ20から60 メートルのなだらかな起伏が続く下総台地には、「谷津」と呼ばれる地形が多くあり、水田や畑などの耕作地、雑木林などのいわゆる「里山」に生息する生物にとって重要な生息地となってきました。昆虫についても例外ではなく、実際に今回の重点研究課題の調査エリアに位置する佐倉市がまとめた自然環境調査報告書によると、「佐倉市の昆虫のファウナを一言で言えば『水田地帯と谷津田を囲む里山の昆虫たち』」とまで言われています。

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図1 下総台地の典型的な谷津の風景

 しかし、都市化や、管理者の高齢化や後継者不足のために里山が減少しつつあること、また、分布北上種の定着や外来種の侵入などの要因で、下総台地をはじめとした千葉県の昆虫のファウナは急速に変化しつつあります。
博物館の収蔵庫には今では得ることができない貴重な過去の標本が残されています。また、現在野外に生息している昆虫を採集し、標本や観察記録を集めています。これらを比べることで自然の変化を明らかにし、みなさまにお伝えしようと、当館の研究員は日々活動しています。

 今回の重点研究課題では、変容しつつある谷津をはじめとした里山に今どのような昆虫が生息しているのか、下総台地東部に焦点を当てて調査することにしました。新型コロナウイルスの影響などでなかなか思うような活動ができませんでしたが、ようやく9月に成田市内で調査をすることができました。現在は冬季で昆虫の活動が鈍い時期ということもあり、採集した昆虫の標本を作り、種名を調べる作業をしています。

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図2 調査中に発見されたベニシジミ
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図3 調査中に発見された外来種ヘクソカズラグンバイ

 下総台地東部にあたる地域では、先述の佐倉市における自然環境調査(佐倉市, 2000)、成田市における動植物生息調査(成田市, 2004)、千葉県昆虫談話会が手がけた栄町の「房総のむら」での昆虫相調査(千葉県昆虫談話会, 2018)など、過去にまとまった規模の調査が行われました。このうち佐倉市では1,600種、成田市では1,117種、房総のむらでは3,039種がそれぞれ記録され、貴重種の生息確認や県内未記録種の発見といった成果がもたらされています。また、これらの調査の結果、ゲンゴロウ類、水生カメムシ類、ゴミムシ類といった近年県内外で減りつつある水生昆虫、湿地性昆虫のファウナが比較的良好に残されていることも分かっています。
 今回の重点研究ではさらなる県内未記録種や貴重種の発見が期待されるだけでなく、それら貴重な水生種、湿地性種をはじめとした昆虫のファウナが今どのような状態で、これからどのように変化していくと考えられるのかについて、現地で積極的に調査を行い、集まった資料をもととした研究成果を様々な形で世の中へ発信できたらと考えております。

【参考文献】
・佐倉市(2000) 佐倉市自然環境調査報告書,  佐倉市自然環境調査団 編: 610 pp.
・成田市(2004) 動植物生息調査(第2次陸域編)報告書,成田市: 381 pp.
・千葉県昆虫談話会 (2018) 千葉県立房総のむら昆虫相調査報告書. 房総の昆虫(61): 1–182.

(企画調整課 研究員 伴光哲)

 

下総層群の貝化石調査

 下総台地に広く分布する下総層群は、約45万年前~8万年前の主に浅海に堆積した砂や泥からできています。保存状態の良い化石がたくさん見つかり、特に貝化石について数多くの研究があります。下総層群から見つかった貝化石をもとに新種として記載され、その後、現在の海で生きた貝が見つかった例もあります。生物を分類するときは、記載のもとになった標本の特徴が重視されます。このため、下総層群の貝化石は、化石の研究者のみならず、現生の貝類の研究者にとっても重要なのです。
 下総層群の貝化石の9割以上は現生種です。また、貝類は海の深度や海底の堆積物の特徴によって棲んでいる種が異なります。そのため、下総層群では、貝化石を調べることによって、当時の環境が分かります。
 重点研究では、下総層群の地層がどのような環境でできたのか、貝化石の種類から明らかにすることを第一の目的としています。また、当館の収蔵庫には下総層群の貝化石がたくさんありますが、まだまだ収集できていない分類群もあります。そこで、下総層群の貝化石資料を増やすことを第二の目的としています。

 

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図1 貝化石が密集する地層(ねじり鎌の大きさは約25cm)

 本年度は、市原市~千葉市の下総層群を調査しました(図1)。現在、地層に含まれている貝化石を拾い出しているところです。これまでに、アラスジソデガイ・スナメガイ・ヒナノシャクシ・ケシフミガイなどの二枚貝が得られました。これらの種は、下総層群の化石をもとに、Yokoyama (1922)や鈴木・石塚(1943)によって新種として記載されたものです(図2)。今後は、貝化石の拾い出しと分類を進め、地層のできた当時の環境を明らかにする予定です。
 また、当館の収蔵庫にはない貝化石も得られたので、今後整理を進めて、資料として登録する予定です。下総層群の貝化石はデジタルミュージアム「下総台地と周辺の貝化石」で写真と解説を公開しています。将来的には、重点研究で収集した資料も追加できればと思っています。

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図2 重点研究で収集した下総層群の貝化石
(左からアラスジソデガイ・スナメガイ・ヒナノシャクシ・ケシフミガイ、目盛りは1mm)

 

 また、令和3年度には、「貝化石をひろってみよう」と題し、砂の中から貝化石を拾い出してお土産にできる、体験型の行事を計画していますが、その行事で用いる砂も収集できました(図3)。現在、その砂を下調べしているところですが、すでに120種以上の貝化石が見つかっています。実際に行事で貝化石を拾えば、種類はまだまだ増えそうです。興味のある方は行事にご参加いただき、貝化石を拾ってみませんか。

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図3 来年度開催予定の行事で使う貝化石をたくさん含む砂
(大きな貝化石が目立ちますが、小さな貝化石もたくさん含まれています)

【参考文献】
・Yokoyama (1922) Fossils from the upper Musashino of Kazusa and Shimosa. Journal of the College of Science, Imperial University of Tokyo, 44, 1-200.
・鈴木・石塚 (1943) ゲンロクソデガイの變異 附: 新亞種アラスヂソデガイの記載. 貝類學雑誌, 13, 38-64.

(教育普及課 研究員 千葉友樹)