重点研究「下総台地東部の自然」

重点研究「下総台地東部の自然」

 

 本重点研究は「下総台地東部において植物・菌類のフロラ(※1)調査や生態学的調査、昆虫を含む動物のファウナ(※2)調査や生態学的調査、地学分野の地形・地層・化石調査などを行うことで、この地域の自然誌分野の基礎的な知見と資料(登録標本含む)を増大させるとともに、生物相の多様性と特異性や、地質の特性を明らかにする」ことを目的として令和2~4年度の3年間行うもので、当館研究員21名が研究グループに参加しています。

※1:【フロラ flora】植物相。ある特定の地域に分布し生育する植物の全種類。ある特定の地域に分布し生育する菌類の全種類を菌類フロラと呼ぶことがある。
※2:【ファウナ fauna】動物相。ある特定の地域に分布し生育する動物の全種類。

 こちらのページでは、重点研究に参加する研究員の調査の取り組みや、これまでの成果についてご紹介します。

目次

  1. 重点研究「下総台地東部の自然」を開始しました(令和2年12月15日掲載)
  2. 旭市の植物相調査(令和3年1月15日掲載)
  3. 下総台地東部には、いまどんな昆虫がいるのか(令和3年2月23日掲載)
  4. 下総層群の貝化石調査(令和3年3月12日掲載)
  5. 下総台地の蘚苔類(令和3年4月30日掲載)
  6. 重点研究「下総台地東部の自然」令和2年度実績(令和3年6月12日掲載)
  7. シダ植物のフロラ調査(令和3年7月13日掲載)
  8. 下総台地の地層(下総層群)調査(令和3年7月24日掲載)
  9. 郷土の植物を記録する(旭市を例として)(令和3年8月13日掲載)
  10. 良好な谷津環境の指標となる昆虫寄生菌(令和3年9月16日掲載)
  11. 房総のむらのきのこ(令和3年10月27日掲載)
  12. “進化”を見ることのできる場所-下総台地のヌマコダキガイ化石(令和3年11月30日掲載)
  13. 旭市の維管束植物相調査の途中経過(令和3年12月21日掲載)
  14. コロナ禍でできること〜データベースの活用〜(令和4年1月22日掲載)
  15. 下総台地東部の表層花粉調査(令和4年3月10日掲載)
  16. 植物相調査と果実・種子標本採集(令和4年3月24日掲載)
  17. 重点研究「下総台地東部の自然」令和3年度実績(令和4年6月3日掲載)
  18. 牛久―東金崖線(がいせん)の地形(令和4年8月D日掲載)

 

重点研究「下総台地東部の自然」を開始しました

 千葉県立中央博物館には44名(令和2年度現在・3分館含む)の自然誌系(地学、動物、植物・菌類)専門職員がいます。これら職員は各自の専門分野について、地域研究課題(千葉県に関する研究)と普遍研究課題(千葉県に限定せず、日本・世界規模で展開する研究)の研究テーマを設定して、調査研究を行っています。調査研究の結果、収集した資料は標本化して館の資料として登録し、また得られた知見を論文として公表するとともに、展示や行事等を通じて県民の皆さんに成果を還元しています。

 また、地域研究課題と普遍研究課題の他に、今日的な課題を短期集中的に扱う重点研究も進めています。平成24~28年度に実施された重点研究「房総丘陵の自然−過去、現在、未来−」では、房総半島南部の丘陵地域を地学、動物、植物・菌類各分野の職員が調査し、甲虫の新種の発見を含む多くの成果をあげ、それらは400ページを超える報告書「自然誌研究報告特別号10『房総丘陵の自然誌』」(平成29年3月発行)や、平成30年度秋の展示「房総丘陵はすごい−調べてびっくり、新発見の数々−」として公表しました。

 この房総丘陵の重点研究に続くものとして、房総丘陵の北部に位置する下総台地の自然に関する重点研究を、令和2~4年度に行うことにしました。下総台地全域を3年で調査することは困難であるため、この3年間では概ね佐倉市以東の下総台地東部を扱うこととしました(図1)。下総台地西部についてはその次の3箇年で調査することを予定しています。

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図1 調査範囲地図 台地(薄茶色の部分)のうち、青い線より東側がおおよその調査範囲
(『千葉県の歴史 資料編 考古1』(千葉県、2000年)p.232を改変)
PDFはこちら(1395KB)(PDF文書)

 

 館職員21名で、地学分野の地形・地層・化石調査、昆虫を含む動物のファウナ調査や生態学的調査、植物・菌類のフロラ調査や生態学的調査などを行います(表1)。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、調査に出られない状況が続いていましたが、ようやく秋から調査を開始することができました。この地域の自然誌分野の基礎的な知見と資料を増大させるとともに、生物相の多様性と特異性や、地質の特性などが明らかになることが期待されます。

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表1 重点研究「下総台地東部の自然」の調査内容と担当職員
PDFはこちら(96KB)(PDF文書)

 これから本重点研究に参加している館職員21名各人が行う調査内容の予定や成果について、概ね月1回のペースで紹介させていただきます。3年後にどのような成果が得られるのか、期待しながらお読みいただければ幸いです。

(研究代表者 自然誌・歴史研究部長 萩野康則)

 

旭市の植物相調査

 中央博物館では千葉県内の維管束植物(被子植物・裸子植物・シダ植物のこと)を市町村単位で調査してきました。昨年度までで木更津市の植物相調査が終了し、現在は調査結果の取りまとめを行っています。これと平行して、今年度は重点研究の一環として下総台地東部、なかでも特に調査記録の少ない旭市の植物相を調べることになりました。

 

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図1 GPSを活用して地形図上に調査ルートを記録する。

 維管束植物の調査では、調査地区全域を1kmの枠に区切り、全ての枠を訪れて、そこに生育する植物を調査します(図1)。ただし、耕地整理の終わった田圃が何キロにもわたって続いているような場合は2km四方の枠で調査することも考えています。各枠では、田圃、畑を通って社寺林の残る神社に至るような、できるだけ多様な環境を通るコースを設定し、そこを4-5人で歩いて目についた全ての植物を記録し、花や実のついている植物、千葉県では珍しい植物については証拠となる標本を採集します(図2、3)。一つの枠を調査すると、100〜300種の植物が見つかり、一つの市町村ではおおよそ1500種類ほどの植物が記録されます。

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図2 目視記録のようす。
目についた全ての種類を記録する。
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図3 標本作成。
現地で仮押しをする。博物館に戻ってから形を整える。

 

 植物採集では、花や実がついていれば普通に見られるいわゆる「雑草」も採集します。今は普通種でも、いつ急減してしまうかわからないからです。例えば実が「ひっつき虫」と呼ばれて、かつてはどこででも見られた「オナモミ」は、千葉県からすっかり姿を消してしまい、最新版の千葉県レッドリストではA最重要保護生物に選定されています。こうした場合、かつて広く見られた「オナモミ」が本当にオナモミなのか、それともオオオナモミなどの見間違いなかのかは標本を見なければ確定できません。

 最近は、シカやイノシシの増加、気候の変化などのためか、数十年という、自然誌的には比較的短い期間に生えている植物が大きく変化することが増えているようです。千葉県では、何がどのように変わっているのかを知るためには、記録を積み重ねるしかありません。現在の記録は現在しか取れないのです。多くの先輩が採集した標本から、私たちは過去の千葉県の植物について、知ることができます。私たちも子孫が自然の変化を確かめることができるように、標本や目視の記録を残しているのです。

(分館海の博物館 分館長 斎木健一)

 

下総台地東部には、いまどんな昆虫がいるのか

 標高およそ20から60 メートルのなだらかな起伏が続く下総台地には、「谷津」と呼ばれる地形が多くあり、水田や畑などの耕作地、雑木林などのいわゆる「里山」に生息する生物にとって重要な生息地となってきました。昆虫についても例外ではなく、実際に今回の重点研究課題の調査エリアに位置する佐倉市がまとめた自然環境調査報告書によると、「佐倉市の昆虫のファウナを一言で言えば『水田地帯と谷津田を囲む里山の昆虫たち』」とまで言われています。

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図1 下総台地の典型的な谷津の風景

 しかし、都市化や、管理者の高齢化や後継者不足のために里山が減少しつつあること、また、分布北上種の定着や外来種の侵入などの要因で、下総台地をはじめとした千葉県の昆虫のファウナは急速に変化しつつあります。
博物館の収蔵庫には今では得ることができない貴重な過去の標本が残されています。また、現在野外に生息している昆虫を採集し、標本や観察記録を集めています。これらを比べることで自然の変化を明らかにし、みなさまにお伝えしようと、当館の研究員は日々活動しています。

 今回の重点研究課題では、変容しつつある谷津をはじめとした里山に今どのような昆虫が生息しているのか、下総台地東部に焦点を当てて調査することにしました。新型コロナウイルスの影響などでなかなか思うような活動ができませんでしたが、ようやく9月に成田市内で調査をすることができました。現在は冬季で昆虫の活動が鈍い時期ということもあり、採集した昆虫の標本を作り、種名を調べる作業をしています。

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図2 調査中に発見されたベニシジミ
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図3 調査中に発見された外来種ヘクソカズラグンバイ

 下総台地東部にあたる地域では、先述の佐倉市における自然環境調査(佐倉市, 2000)、成田市における動植物生息調査(成田市, 2004)、千葉県昆虫談話会が手がけた栄町の「房総のむら」での昆虫相調査(千葉県昆虫談話会, 2018)など、過去にまとまった規模の調査が行われました。このうち佐倉市では1,600種、成田市では1,117種、房総のむらでは3,039種がそれぞれ記録され、貴重種の生息確認や県内未記録種の発見といった成果がもたらされています。また、これらの調査の結果、ゲンゴロウ類、水生カメムシ類、ゴミムシ類といった近年県内外で減りつつある水生昆虫、湿地性昆虫のファウナが比較的良好に残されていることも分かっています。
 今回の重点研究ではさらなる県内未記録種や貴重種の発見が期待されるだけでなく、それら貴重な水生種、湿地性種をはじめとした昆虫のファウナが今どのような状態で、これからどのように変化していくと考えられるのかについて、現地で積極的に調査を行い、集まった資料をもととした研究成果を様々な形で世の中へ発信できたらと考えております。

【参考文献】
・佐倉市(2000) 佐倉市自然環境調査報告書,  佐倉市自然環境調査団 編: 610 pp.
・成田市(2004) 動植物生息調査(第2次陸域編)報告書,成田市: 381 pp.
・千葉県昆虫談話会 (2018) 千葉県立房総のむら昆虫相調査報告書. 房総の昆虫(61): 1–182.

(企画調整課 研究員 伴光哲)

 

下総層群の貝化石調査

 下総台地に広く分布する下総層群は、約45万年前~8万年前の主に浅海に堆積した砂や泥からできています。保存状態の良い化石がたくさん見つかり、特に貝化石について数多くの研究があります。下総層群から見つかった貝化石をもとに新種として記載され、その後、現在の海で生きた貝が見つかった例もあります。生物を分類するときは、記載のもとになった標本の特徴が重視されます。このため、下総層群の貝化石は、化石の研究者のみならず、現生の貝類の研究者にとっても重要なのです。
 下総層群の貝化石の9割以上は現生種です。また、貝類は海の深度や海底の堆積物の特徴によって棲んでいる種が異なります。そのため、下総層群では、貝化石を調べることによって、当時の環境が分かります。
 重点研究では、下総層群の地層がどのような環境でできたのか、貝化石の種類から明らかにすることを第一の目的としています。また、当館の収蔵庫には下総層群の貝化石がたくさんありますが、まだまだ収集できていない分類群もあります。そこで、下総層群の貝化石資料を増やすことを第二の目的としています。

 

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図1 貝化石が密集する地層(ねじり鎌の大きさは約25cm)

 本年度は、市原市~千葉市の下総層群を調査しました(図1)。現在、地層に含まれている貝化石を拾い出しているところです。これまでに、アラスジソデガイ・スナメガイ・ヒナノシャクシ・ケシフミガイなどの二枚貝が得られました。これらの種は、下総層群の化石をもとに、Yokoyama (1922)や鈴木・石塚(1943)によって新種として記載されたものです(図2)。今後は、貝化石の拾い出しと分類を進め、地層のできた当時の環境を明らかにする予定です。
 また、当館の収蔵庫にはない貝化石も得られたので、今後整理を進めて、資料として登録する予定です。下総層群の貝化石はデジタルミュージアム「下総台地と周辺の貝化石」で写真と解説を公開しています。将来的には、重点研究で収集した資料も追加できればと思っています。

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図2 重点研究で収集した下総層群の貝化石
(左からアラスジソデガイ・スナメガイ・ヒナノシャクシ・ケシフミガイ、目盛りは1mm)

 

 また、令和3年度には、「貝化石をひろってみよう」と題し、砂の中から貝化石を拾い出してお土産にできる、体験型の行事を計画していますが、その行事で用いる砂も収集できました(図3)。現在、その砂を下調べしているところですが、すでに120種以上の貝化石が見つかっています。実際に行事で貝化石を拾えば、種類はまだまだ増えそうです。興味のある方は行事にご参加いただき、貝化石を拾ってみませんか。

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図3 来年度開催予定の行事で使う貝化石をたくさん含む砂
(大きな貝化石が目立ちますが、小さな貝化石もたくさん含まれています)

【参考文献】
・Yokoyama (1922) Fossils from the upper Musashino of Kazusa and Shimosa. Journal of the College of Science, Imperial University of Tokyo, 44, 1-200.
・鈴木・石塚 (1943) ゲンロクソデガイの變異 附: 新亞種アラスヂソデガイの記載. 貝類學雑誌, 13, 38-64.

(教育普及課 研究員 千葉友樹)

 

下総台地の蘚苔類

 千葉県の蘚苔類(コケ植物)に関する調査研究は、19世紀後期に始まりました。当時から房総丘陵の清澄山とその周辺は自然が豊かな場所として全国的に知られていました。当館においても、平成24〜28年度に実施された重点研究「房総丘陵の自然―過去、現在、未来―」で調査を行い、渓谷の岩場や照葉樹林に生育する蘚苔類について、新種や千葉県初記録種など多くの新発見がありました(古木 2017)。
 一方、下総台地の蘚苔類については、昭和時代後期になるまでほとんど研究されていませんでしたが、高度経済成長期後半の1970年前後から大気汚染が社会問題化し、樹幹着生種の分布や生育量が大気汚染の指標として注目されるようになりました。蘚苔類は大気汚染に敏感であり、汚染の激しい都市の中心部では着生種がほとんどなく、「都市はコケ砂漠」と呼ばれていました。このような下総台地の蘚苔類に関する研究の歴史は古木 (2000)によってまとめられ、目録が作られています。そして、平成時代になり各自治体において自然環境現況調査が行われるようになり、千葉市や佐倉市、白井市、袖ヶ浦市などで蘚苔類がまとめられました。近年は、当館の市民研究員との協働によって東金市と野田市、市川市、浦安市、習志野市、船橋市の蘚苔類が報告されています。しかし、下総台地東部は、蘚苔類についてはほとんど調べられていませんでした。
 今回の調査によって世界最小級のコケとして知られているカゲロウゴケ(図1)や全国的な希少種であるオオミハタケゴケ(図2)などが見つかっています。これからどのような蘚苔類が見つかるか楽しみがつきません。

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図1. カゲロウゴケEphemerum spinulosum.
世界最小級の蘚苔類として知られており、
今回の調査でも見つかった
(2016年11月12日、佐倉市)
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図2.オオミハタケゴケRiccia beyrichiana.  
今回の調査によって見つかった
全国的に希な蘚苔類
(2020年7月9日、栄町)

 【引用文献】
・古木達郎 (2000). 下総台地の蘚苔類相-各環境における生育状況. 千葉県臨海開発地域等動植物影響調査会(編), 開発地 域等における自然環境モニタリング手法に係わる基礎調査 III: 9‒14. 千葉県環境 部環境調整課. 千葉市. 
・古木達郎 (2017). 千葉県清澄山のコケ植物相. 千葉中央博自然誌研究報告特別号 (10): 349-368, xix-xx (pls.1-2).

(教育普及課 主任上席研究員 古木達郎)

 

重点研究「下総台地東部の自然」令和2年度実績

「昆虫のファウナ調査」尾崎煙雄・伴光哲・斉藤明子

 成田市内3カ所(船形、芦田、駒井野)で調査を行い、約180点の昆虫を収集し、標本化、同定、登録作業を進めている。また、アリ類を寄主とする昆虫寄生菌イトヒキミジンアリタケを5点収集した。

 

「下総台地東部の多足類・クモ類相調査」 萩野康則

 八街市、東金市、山武市、富里町、芝山町の計6地点の森林で、土壌資料を採取し、その中に生息する土壌動物を抽出装置で採集した。採集した土壌動物から多足類とクモ類を選別し、標本化と同定を行っている。

 

「新生代以降の現生を中心とした貝類相の追加調査」 黒住耐二

 成田市等で調査を行い、100点程度の資料を収集した。この中には、これまで千葉県では1ケ所でしか確認されていないミズコハクガイも含まれている。その他の実績は以下の通り。
論文・報告書
・黒住耐二. 2021. 取掛西貝塚(5)で得られた貝類遺体. In 船橋市教育委員会(編),取掛西貝塚(5)【2】, pp. 247-273. 船橋市教育委員会.[下総台地の印旛沼産のカラスガイを用いて出土貝類の議論を行った]
・黒住耐二. 2021. 市原条里遺跡で検出された貝層の貝類遺体とその堆積環境について. 市原条里遺跡, 千葉県教育委員会埋蔵文化財調査報告, (38): 208-222.[台地上の遺跡との関連を議論した]
共同研究
・佐倉市の縄文遺跡出土土器の貝殻施文(印旛郡市埋蔵文化財センター)
・横芝光町の縄文遺跡の微小貝類分析(千葉県埋蔵文化財センター)
展示
・千葉県立中央博物館令和2年度春の展示「九十九里浜の自然誌」[横芝光町の高谷川低地の沖積産貝化石および東金市・大網白里町の養安寺遺跡出土貝類を展示した]
講演
・栃木県立博物館第127回企画展「貝ってすてき!~美しい貝、美味しい貝、とちぎの貝、大集合~」記念講演会「住み続ける貝、入ってくる貝、そして未来は?」講師/2020年11月29日・栃木県立博物館[養安寺遺跡のバイ篭漁にも触れる]
社会貢献
・貝化石資料の分類整理作業、活用方針の検討(印西市教育委員会)[下総台地東部の貝化石を含む]
標本登録
・24点(CBM-ZM 186608~)[千葉県新記録種のムラヤマヌマガイを含む]

 

「下総台地東部における哺乳類絶滅危惧種の生息状況」 下稲葉さやか

 千葉県立房総のむらで、コウモリ類の生息状況を聞き取りとバットディテクターの使用により調査した。コウモリの生息が確認されたが、種の特定はできなかった。しかし発声する超音波の周波数から絶滅危惧種の可能性がある。

 

「地域植物相の調査」 水野大樹・天野誠・御巫由紀・西内李佳・平田和弘・斎木健一

 今年度は計10回の調査を行い、1平方キロのメッシュ計35メッシュを調査した。目視で確認されたのは計730分類群であった。244点の標本を作製し、そのうち160分類群201点は仮登録済みである。

 

「下総台地東部の蘚苔類相調査」 古木達郎

 千葉県立房総のむらで2回調査を行い、約数十点の資料を収集した。オオミハタケゴケとミドリハタケゴケなど県内稀産種を確認した。

 

「下総台地東部の地衣類相調査」 原田浩・坂田歩美

 成田山公園で2回調査を行い、標本150点を収集した。標本作製を完了し、同定作業中である。

 

「下総台地東部の大型菌類相調査」 大野将史

 千葉県立房総のむらで大型菌類相調査を7月~11月にかけて10度実施し、標本128点を収集した。標本作製を完了し、同定作業中である。

 

「下総層群の貝化石調査」 千葉友樹

 貝化石密集層の各層準から22の堆積物試料を採取し11試料から貝化石を拾い出した。来年度の行事で使用する、貝化石を含む堆積物試料を収集した。本格的な同定は次年度以降となるが、これまでにアラスジソデガイ・スナメガイ・ヒナノシャクシ・ケシフミガイなどの下総層群から記載された貝類が得られた。このうち、15点を標本登録し、4点をデジタルミュージアム「下総台地と周辺の貝化石」に掲載した。

 

「牛久−東金崖線の地形」 八木令子・吉村光敏(当館共同研究員)

 牛久−東金崖線や崖線上に見られる地形(風隙、懸谷、河川争奪、滝など)の分布状況を把握した。また、すでに撮影済みの崖線の航空斜め写真等画像資料を整理した。

 

「下総台地の地層(下総層群)調査」 岡崎浩子

 銚子市西部~旭市と印西市~香取郡神崎町で野外調査を行い、写真撮影及び露頭柱状図を作成した。成果の一部はJpGU-AGU Joint Meeting 2020(日本地球惑星科学連合-米国地球物理学連合共同開催)で発表した。

 

「下総台地東部の表層花粉調査」 奥田昌明

 下総台地の自然植生と空中花粉の関係を明らかにする基礎資料として、成田市、旭市銚子市から計31点の表層花粉試料を採取した。採取物は毛足の長いコケ群落であり、空中花粉を効果的に捕集していることが期待される。実際の分析作業は来年度に行うとともに、標本化して収蔵庫に収める予定である。
 

 

シダ植物のフロラ調査

 令和3年1月15日にウェブサイトにアップした「旭市の植物相調査」では、維管束植物の調査方法や、どのくらいの種が見つかるか、調査データや採集した標本がどのように役立つかについて、御紹介しました。
 植物相調査の際には、植物の分類群に関係なく、生育するすべて種についてリストアップします。その中でも、シダ植物は別種でも見た目が似ているので、見落としが無いよう、分けて記録を取ることがあります。植物相の調査に出かけると下の写真のように、たくさんの種類のシダ植物が混生して生えている場面に出くわします。この写真は旭市で撮影したものではありませんが、1か所の崖に5種以上のシダ植物が生育しています。慣れてくると一瞬で見分けることができるのですが、野外で即座に種名を記録できるようになるまでは、たくさんの調査経験が必要です。多い時では50種近いシダ植物が、1つの調査ルートで見られることもあります。

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写真1 湿潤な崖には複数種のシダ植物が混生して生える

 写真に写っているシダ植物のうち、種間でかなり形が異なり写真だけで確実に種の同定ができるものはオオイタチシダ、オリヅルシダ、ジュウモンジシダ、マツザカシダ、ホシダです。他にも数種写っていますが、種間で見た目が似ているものは毛の有無や、胞子嚢群の付き方をたよりに種を判別する必要があります。
 旭市の調査はこれまでに、1平方キロメートルのメッシュを54か所実施し、全部で63分類群(種だけでなく雑種等も含む)のシダ植物の生育を確認しています。旭市は昨年度まで調査していた木更津市とほぼ同等の面積を有していますが、市域の大部分は水田等に利用されている低地です。そのため、県南の丘陵地帯と比較すると、多種多様なシダ植物がみられる可能性は低いかもしれません。しかし、旭市の北部には、下の写真の様にシダ植物の生育に適した良好な谷津が残されています。千葉県で見つかった希少なシダ植物が全て丘陵地帯で見つかっているわけではありません。サンブイノデやチバナライシダなどは、房総丘陵以外の地域で初めて見つかったシダの雑種です。旭市の植物調査の成果が、新たな発見につながることを期待して、今後の調査を進めていきたいと思います。

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写真2 旭市下瀬古の谷津

(企画調整課 研究員 水野大樹)

 

下総台地の地層(下総層群)調査

 下総台地は、千葉県北部に広がる台地です。この台地の高さは、北西から南東に行くにしたがって高くなり、野田市付近で20 m前後ですが、長柄町では100mをこえるようになります。台地をつくっている地層は下総層群と呼ばれる約45〜8万年前の砂や泥の層です。台地を削った砂取場などでみられる黄褐色の柔らかい砂の地層が下総層群です。

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図1    銚子市小長町の砂取場でみられる下総層群の砂層

 下総層群からはたくさんの貝化石が出てきます(本サイト内の「下総層群の貝化石調査」(令和3年3月12日掲載)参照)。そのほとんどが浅い海に棲む貝の化石です。印西市の木下万葉(きおろしまんよう)公園では貝化石が密集して産出しています。これは約12万年前の地層で、国の天然記念物「木下(きおろし)貝層」に指定されています。ところで海にたまった地層がどのようにして、高さ数十mの台地になったのでしょうか?
 地球は約80万年前以降、約10万年周期で寒い・暖かいを繰り返していて、氷期・間氷期と呼ばれます。氷期には氷河が発達して、海面は下がりますが、間氷期には氷河が溶けて海面は上がります。先ほどの木下貝層がたまった約12万年前は間氷期で海面は現在よりも6-9 m高かったことが知られています(Kopp et al., 2009)。しかし,このような海面の変化だけでは、現在の台地の形成は説明できません。地面の隆起が加わって現在の姿となったと考えられます。
 本重点研究では下総台地東部の隆起運動がどのようなものであったかを地層から読み取るために、飯岡台地の地層調査を行っています。
 旭市・銚子市に広がる飯岡台地は下総台地の東端の台地であり、台地の南面の崖が屏風ケ浦になります。高さ約60〜20m、長さが約10kmの断崖絶壁で、飯岡台地をつくる地層がよくわかります。下部の灰色の部分は犬吠層群と呼ばれる約300〜45万年前の古い地層で、深い海にたまった泥の地層です。上部の黄褐色の部分が下総層群の地層で、砂の層です。この砂層は香取(かとり)層と呼ばれ、これまで木下層(前述の「木下貝層」)の連続した同じ地層と考えられていました。

Fig2
図2    屏風ケ浦の地層。ドローン(丸囲み)を使って全景調査中。

 香取層からは貝化石がわずかにしか出てきませんが、砂層中には堆積構造(たいせきこうぞう)と呼ばれるいろいろな模様がたくさん見られ、この地層が当時どのような環境でたまったかを知る手がかりとなります。例えば,図3に見られる波型模様はウェーブリップルと呼ばれ,水深5〜20m程度の海底で台風時の波浪によって形成されたと考えられます。また,図4の平行な縞模様は平行葉理(へいこうようり)と呼ばれ、砂浜の波打ち際で波がいったりきたりすることによって形成されたと考えられます。白く細長い、もしくは丸い白い点のようなものはゴカイが這まわった跡(生痕化石(せいこんかせき)です。このような堆積構造から香取層が浅い海にたまった地層であることがわかります。

Fig3
図3    ウェーブリップル
中央の波型模様がウェーブリップル。銚子市小長町。香取層。スケールは30cm。
Fig4
図4    平行葉理と生痕化石
平行な縞模様が平行葉理。白斑状のもの(例えば丸囲み)は生痕化石で、ここではたくさん見られます。銚子市三崎町。香取層。

 また、香取層の年代が、最近、新しい年代測定法である光ルミネッセンス法で測定された結果、約10〜8万年前の地層であることが判明しました。したがって香取層はこれまで考えられていた木下層よりもより新しい時代の海の地層になります。下総台地東部では、これまでこの時代の海の地層の報告はなく、香取層は下総台地の隆起運動を考える上で大変重要な地層であることが明らかになりました。この結果は学会大会でも報告されました(田村ほか、2020;岡崎ほか、2020)。
 今後は、この結果を論文にまとめ、また、この時代の地層の詳細な分布調査をさらに進めていきたいと思います。

文献
Kopp, R.E., Simons, F.J., Mitrovica, J.X., Maloof, A.C. and Oppenheimer, M., 2009. Probabilistic assessment of sea level during the last interglacial stage, Nature, 462, 863–867.

岡崎浩子・中里裕臣・奈良正和・田村 亨・伊藤一充・奈良正和.2020.Forced regression deposits during MIS 5c and 5a observed in the Iioka marine terrace (the Pleistocene Katori Formation, central Japan)日本地球惑星科学連合2020年大会要:HCG23-P05.

田村 亨・岡崎浩子・中里裕臣・納谷友規・中島 礼.2020. Feldspar pIRIR dating for defining glacial-interglacial depositional sequences in the Kanto Plain, eastern Japan.日本地球惑星科学連合2020年大会要旨: HQR04-03.

(地学研究科    主任上席研究員    岡崎浩子)

 

郷土の植物を記録する(旭市を例として)

 県立博物館の役割の大きなものの1つに、県下の市町村の生物相を調べ、記録をするということがあります。はるかなる目標ですが、県下、全市町村の証拠標本付き植物目録を作ることを視野に入れています。もちろん、千葉県の市町村の中には、市町村立の博物館がある所もありますから、植物の調査が自前では難しい所を優先して選んでいます。今回の重点研究の「下総台地東部の自然」の維管束植物調査班では、対象区域の中から、記録数が少ない旭市を調査の対象としました。
 平成の市町村合併で、干潟町、飯岡町、海上町が加わって、新しい旭市ができました。前年度の目視データでそれまで確認されていなかった種も相当でてきました。現在、標本整理中ですので、確かな数はわかりませんが、かなりの植物が旭市の植物相に加わりました。
 調査は、その時の参加人数にもよりますが、役割を決めて行います。目視で植物を確認し名前を呼び上げる係、それをノートに書き留める係、標本を採集する係などです。手の空いている人は、今後の展示に備えて、写真も撮ります。写真は標本では直接わからない景観の変化を知るためにも必要な資料です。

Fig.1
写真1 調査風景

 目視と標本の採集を平行して行うのは、両者に利点と欠点があり、互いに補い合うためです。1km平方の区画を1日に4から5箇所調べるのですが、すべてを標本にするには、とても時間が足りません。また、花や実のない標本で収蔵庫があふれてしまいます。一方で面として植物の分布を捉えるのには目視データは欠かせません。実物標本は、後での検証が可能な科学的な証拠です。少なくとも各市町村1点は、証拠標本がほしいところです。そのために普通種であっても、必ず標本にするに値するならば、採集しています。また、これはもう次に見ることがないなという思う植物は、迷わず採集します。このように組織的・計画的に標本を集めているのです。

Fig.2
写真2 標本整理(標本の台紙貼り付け)

 まだ、調査の途中ですが、興味深い現象を見つけました。熱帯の海岸に広範囲に分布するグンバイヒルガオが刑部岬で採集されました。今までは、いすみ市の日有浦が標本で確認できる北限だったので、一気に九十九里浜を越えたことになります。このように調査を重ねることで、植物の分布の拡大や縮小を見ることもできるのです。

Fig.3
写真3 まだ、若いグンバイヒルガオ

           植物学研究科 上席研究員  天野 誠

 

良好な谷津環境の指標となる昆虫寄生菌

 この重点研究のテーマの一つである昆虫のファウナ調査は、すでに伴研究員が記述しているとおり「変容しつつある谷津をはじめとした里山に今どのような昆虫が生息しているのか」を明らかにすることを目的としています(伴, 2021)。極めて種数の多い昆虫類は食べたり食べられたりという関係を通じて生態系の中で重要な役割を果たしています。昆虫と他の生物との関係の中で、私は少し変わった存在に注目しています。それは冬虫夏草(とうちゅうかそう)と呼ばれる昆虫寄生菌類で、生きた昆虫に感染してその養分を利用して成長し繁殖するキノコの仲間です。昆虫から見れば恐ろしい寄生生物ですが、冬虫夏草は地味で弱々しい存在です。どこにでもいるというものではなく、生育に適した環境が残っていなければ見つけることは困難です。
 そんな冬虫夏草の一例として、成田市の谷津で発見したイトヒキミジンアリタケを紹介します。イトヒキミジンアリタケは主にミカドオオアリというアリに寄生する冬虫夏草です。アリの身体から細い糸のような子実体が生え、その途中に黒い球状の塊がついています(写真1)。結実部と呼ばれるこの塊は胞子を生産する繁殖器官です。また、写真1に写っている白いカビのようなものはカビなのかイトヒキミジンアリタケの一部なのかは今のところ不明です。そもそもミカドオオアリ(写真2)は夜行性なので、日中の調査では発見しにくいアリです。こうして菌に寄生されたものによってミカドオオアリの生息も確認できたわけです。

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写真1 成田市の谷津で見つかったイトヒキミジンアリタケ

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写真2 夜行性のミカドオオアリ(生態園にて撮影)

 イトヒキミジンアリタケは、写真3のような適度な湿り気が保たれた谷津の斜面林の下部で、大きな樹木の根元付近を丹念に探すと見つかることがありますが、そのような環境が残されている谷津は今では珍しくなってしまいました。成田市内で行った調査では、2か所の谷津でイトヒキミジンアリタケを発見することができました。昆虫相調査の一環として本種をはじめとする冬虫夏草を探索することにより、下総台地東部に残された良好な谷津環境を記録して行きたいと思います。

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写真3 イトヒキミジンアリタケが生息する環境

【参考文献】
・伴光哲(2021) 下総台地東部には、いまどんな昆虫がいるのか, 重点研究「下総台地東部の自然」(令和3年2月23日掲載).

生態学・環境研究科長 尾崎煙雄

房総のむらのきのこ

 千葉県立中央博物館では博物館準備室であった1986年から千葉県内の菌類相を明らかにすることを目的に、現在まで継続して調査を行ってきました。これまでに、市原市(吹春・腰野,1994)、千葉市(腰野・吹春,1997)、佐倉市(吹春・腰野,2000)、清和県民の森(吹春ほか,2004)など、地域ごとの菌類誌を作成してきました。
 今回は千葉県立房総のむらで採集された大型菌類について目録を作成することを目標に調査を行ってきました。房総のむらは広大な敷地の大部分をアカマツ林やコナラを主体とした雑木林でおおわれています。そしてかつて里山で行われていたような定期的な草刈りや枯死木の撤去などが実施されている特徴があります。また、敷地内に水田や畑、貯水池、果樹園など多様で変化に富む環境となっています。
 これまで約35年間に千葉県立中央博物館に収集された、房総のむら産大型菌類記録から合計337種類の大型菌類が産することが明らかとなりました。この中には、新種として記録されたシモウサアシブトホコリタケLycoperdon shimousanumが含まれます。また、ナガエノスギタケはモグラ類の地下の古い便所から特異的に発生することが知られていますが(Sagara et al., 2000)、県内では房総のむらの記録が唯一のものです。今回の重点研究では房総のむらで過去に採取、標本化できていなかったキヒラタケ、ヒラタケ、ヌルデタケ、ツノマタタケを含む、128点の標本を登録することができました。また、房総のむらの菌類誌を作成中です。

シロテングタケ

アカヤマドリ

ムラサキヤマドリタケ

タマゴタケ

               

 房総のむらでは施設の行事の一環として、毎年複数回の、房総のむら主催、また各種団体のきのこ観察会が実施され、観察会から多くの標本の発見情報が博物館に収集されてきました。今後もどのようなきのこが発見されるか、楽しみです。

【引用文献】
吹春俊光・腰野文男.1994.市原市の大型菌類.所収 市原市 自然環境実態調査団 (編),市原市自然環境実態調査報告書,pp. 261-264. 市原市環境部環境保全課,市原.

腰野文男・吹春俊光.1997.湾岸都市千葉市のキノコ類. 所収 沼田眞(監),湾岸都市の生態系と自然保護—千葉市野生動 植物の生息状況及び生態系調査報告,pp. 379-396. 信山社 サイテック,東京.

吹春俊光・腰野文男.2000.佐倉市の大型菌類相 . 所収 佐倉市自然環境調査団 (編),佐倉市自然環境調査報告書,pp. 121-128. 佐倉市経済環境部環境保全課,佐倉.

吹春俊光・服部 力・腰野文男・須賀はる子・大木淳一・尾崎煙雄.2004.清和県民の森の大型担子菌類目録.千葉中央博自然誌 研究報告特別号(7): 1-11.

Sagara,N, T.Hongo, Y.Murakami, T.Hashimoto, H.Nagamasu, T.Fukiharu and Y.Asakawa. 2000. Hebeloma radicosoides sp. nov., an agaric belonging to the chemoecological grope Ammonia fungi.  Mycol. Res. 104 (8): 1017-1024.

(教育普及課 上席研究員 大野将史)

 

“進化”を見ることのできる場所-下総台地のヌマコダキガイ化石

 教科書には「生物の進化」として様々な例が載っています。また似た生き物が、島々で別種となっている場合も“進化を見る”一例とも言えます。ただ、島々の例では時代と共に生物が変わってきたという実感がわきにくいでしょう。
 下総台地は、下総層群という約50万年前から6万年前の地層からできています。下総層群は、およそ10万年周期で寒暖が繰り返された時に浅い海の海底が隆起した堆積物からできています。貝化石が多いことでも有名です。その中に、ヌマコダキガイという2cm程の小さな二枚貝が時に見られます。この貝は、現在の千葉県には見られず、北海道の汽水域(真水と海水の混ざる所)にすんでいます。このヌマコダキガイの20万年位前のものでは、殻は厚くて、三角形、殻の合わさる所の出っ張り(歯と言います)も大きくて目立ちます。ところが、約7千年前の北海道・苫小牧の縄文貝塚から出土したヌマコダキガイは、殻が薄くて、細長く、歯も弱くなっています。現在の北海道最北端・宗谷岬の近くのクッチャロ湖(オホーツク海側)のものも7千年前の苫小牧のものと同じ形をしています。また、約1万年前の日本最古級の貝塚である船橋市・取掛西(とりかけにし)貝塚の貝類を報告させて頂きましたが、この貝塚のヌマコダキガイも苫小牧やクッチャロ湖のものと同じ形をしていました。
 このように、元々、寒帯にすんでいたヌマコダキガイは氷河期になり寒くなると、北から寒流によって千葉県にまで分布を広げて来ては、現在のような温暖な時には滅んでしまうということを繰り返していた訳です。元は同じであっても、千葉県へやってきたものが少しずつ異なっているという“形が変わるという生物の進化の断面を、実際に標本として見て、納得できる”例なのです。ある程度、時代ごとに別種としての名前が付けられていましたが、現在では多くの研究者は、全て同じ種類のヌマコダキガイ、ただ1種だとしています。私は“時代ごとに名前を与えても良いのではないか”とは考えていますが。
 もちろん、下総層群中の寒流系の貝類にも多くの種類がありますが、ヌマコダキガイのように、ぱっと見て違いがわかる程に殻の形が時代ごとに大きく変わっている貝は他にはありません。また、逆に南から暖流によって分布を広げてきた種でも変化が目立つものは知られていません。このように、下総台地は貝化石を通して、“進化”を見ることのできる珍しい場所なのです。
他にもヌマコダキガイの仲間は、千葉県を含む関東地方では1万年前から現在までの間に様々な興味深い現象を示しています。約7千年前の暖かくなって海水面が上昇した縄文海進と呼ばれる時期には成田市の辺りまで海となっていて、小さなヒメヌマコダキガイという別の種が西から分布を広げてきましたが、その後、この種は日本から絶滅してしまったという例もあります。一方では、茨城県の水戸市に近い涸沼では、ヌマコダキガイの仲間が人の手によって持ち込まれ、外来種として繁殖してしまっています。今回の研究では、このように時代と共に変わる環境や人間の営みを貝殻を見ることで皆様にお伝えしたいと考えています。

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横芝光町の高谷川の7千年前頃と考えられる自然貝層
(残念なことにヌマコダキガイ類は含まれていませんでした)

 

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様々な時代と地域のヌマコダキガイ

       

(動物学研究科 上席研究員 黒住耐二)

 

旭市の維管束植物相調査の途中経過

 令和3年1月15日にアップした「旭市の植物相調査」でご紹介した通り、現在、維管束植物相についての調査を旭市で進めています。この調査は、市域を地形図上で1平方キロメートルの格子状(メッシュ)に区切り、メッシュ毎に生育している維管束植物を記録するものです。当初平成31年4月から始まる予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、しばらく調査を停止し、令和2年9月からのスタートとなりました。

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図1 旭市域のメッシュ区分と令和3年11月26日時点の出現種数(速報値)

 調査は実質1年間が過ぎたところで、11月26日現在、全170メッシュ中、76メッシュでの調査が終わりました(図1)。メッシュ数としては半分を超えていませんが、平地部は、およそ2km四方の調査としていますし、少しだけ旭市が入る周辺部のメッシュもあるので、全体では予定している調査の8割ぐらい、重点研究の主題である下総台地の東端部のメッシュについては、少なくとも一回の調査がほぼ終わっている状況です。これから精査する必要はありますが、目視によって記録された植物の種類は、900種類を超えています。
 メッシュごとの平均出現種数は149種で、調査対象面積や調査時間、調査時期の違いもありますが、出現種数は39種から279種とメッシュにより幅があります。台地を含むメッシュでの平均出現種数は169.9種(50メッシュ)であるのに対し、平地のみのメッシュでは112.0種(26メッシュ)と、台地を含むメッシュでの出現種数が高い傾向があります。
 この傾向は、環境の多様さによるものと考えられます。

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図2 台地周辺の景観

 台地上には畑、平地には水田、その間には急な傾斜地があり、常緑広葉樹林を中心とした森林になっています(図2)。台地に深く入り込んだ谷津では、水路、斜面、水田が隣接し、植物にとって異なる環境が複雑に入り組みます。また、旭市の北部では台地は、切り立った崖で終わり、そのような場所では、背丈の低い草地の植生が発達します。なるべく多くの環境を調査するようにしていますが、その分、台地を含むメッシュの調査では、移動や調査に時間がかかります。

Fig.3
図3 平地の景観

 他方、平地では、九十九里平野の広大な水田が広がります。台地やその周辺ほどの環境の多様性はありませんが、水田や水路の周辺、耕作放棄地、幹線道路、神社仏閣などをめぐって、植物を記録してゆきます。水田雑草のほか、帰化植物も多くみられ、同定に苦労しています。
 市域を通して、1メッシュあたりの最大出現種数が300を超えないというのは、これまで調査したほかの地域に比べて、生育している植物種は少ないかもしれません。一通り、地域の全体像が見えてきたので、今後は、海岸をはじめ残ったメッシュの調査を行うほか、すでに調査したメッシュにおいても、季節を変えた2回目の調査を行うなどして、記録種数が増えることを期待しています。 

(主席研究員兼植物学研究科長 平田和弘)

 

コロナ禍でできること〜データベースの活用〜

 重点研究の実施にあたって、もちろん新しい発見を求めて現地へ出掛けるのが醍醐味ではありますが、コロナ禍ということもあり、机に向かってできることを考えてみました。

 博物館の収蔵庫には、多くの標本が蓄積されています。そこで、今回の調査対象地域で採集された昆虫標本はどれくらい当館に収蔵されているか、資料データベースで検索してみました。調査対称地域内とされる市町村で検索したところ、30,121点がヒットしました。この中で私の専門分野である甲虫(コウチュウ目)は15,359点、881,260種の標本が収蔵されていることがわかりました。これらの標本には、博物館職員が採集したものだけではなく、自治体や団体が実施した調査の標本、さらに個人からの寄贈標本が含まれます。

 この中からオサムシ科甲虫の一種マイマイカブリ(亜種名はヒメマイマイカブリまたはマイマイカブリ関東・中部地方亜種)の標本の産地を、データベースに登載された機能を使って地図上に表示させたものが図1です。この地図から、マイマイカブリはほぼ調査地域全域に生息している(いた)ということがわかります。もちろん、この機能を使うためには、産地の位置情報(緯度経度)の入力が必要で、過去の膨大な労力の賜物と言って良いでしょう。

 さらに標本が採集された場所と年代を詳しく分析すれば、今はいなくなってしまった場所や種、逆に昔はいなかった種、なども判ってくるかも知れません。

 もちろん、すべての昆虫についてこのような情報が即座に出てくるわけではありません。実は、今回検索された1,260種のうち337種は1種1点しか標本がない、ということがわかりました。1点だけの情報では、その種の生息状況を正しく反映することはできません。

 このように、私たち博物館職員は外へ出て行う調査に加えて、日頃からコツコツと標本データを積み上げることも大事な仕事として行っています。さらに質の高いデータベースとするために、これからさらに現地調査、標本作製、同定、入力を続けていきたいと思っています。とは言え、原動力はやはり外に出て虫を採りたい!という思いです。外と内でバランス良く、今年こそは新しい発見のある調査をしたいと思っています。

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図1 マイマイカブリの調査地域内の記録地(収蔵標本の検索結果から表示)

(生態学・環境研究科 主任上席研究員 斉藤明子)

 

下総台地東部の表層花粉調査

 東総台地で神社の花粉を調べています。「なぜ花粉?」と不思議に思われるかもしれません。花粉の殻(外膜といいます)は地面に落ちても腐りにくく、何万年も土の中で残るので、太古の地球の環境をあきらかにしてくれます。端的には、「ここは昔どんな森だったのか」ということが花粉からわかるのですが、森の中には花粉学的に復元しやすい森と、そうでない森があります。

 花粉学的にやや復元しにくい森のひとつがカシ林です。アラカシやシラカシといったアカガシ亜属からなるカシ林は、日本列島の暖温帯に広く分布するはずですが、実際に各地を回って現地の花粉を調べると、なかなか上手く現れてくれません。このような仕事を「表層花粉調査」といい、端的には地表から数センチ程度の表土を調べますが、私が日本各地を巡った経験では、和歌山県の南部や宮崎県の内陸部といった限られた地域でしか、十分量のカシ花粉を見つけることはできませんでした(注:もちろん実際にアラカシ等の木が生えている真横で調べればカシ花粉が多いのですが、ここで知りたいのはもう少し広域的な植生の話です)。

 それでは何が多かったかというと、スダジイやマテバシイといったシイ類の花粉です。それも千葉県以南の暖温帯ではシイ類は圧倒的に多く、表層花粉中で常に50%近くを占め、90%以上になることもあるほどです。シイ類は他と比べて花粉生産量が多いのかもしれませんが、日本の照葉樹林でそれほど極端な構成になることはあまりなく、本来であれば多様な樹種が共存する豊かな森のはずなので、これは表層花粉による森の復元があまりうまくいっていないことを意味します。

 それでは千葉県はどうだろうか? というのが、私がこの重点研究調査に参加したきっかけです。私は千葉県に奉職して20年になりますが、千葉は都市化が進んでいる上、花粉症の猛威にみるとおりスギの植林が多いので、「千葉で表層調査をやっても自然林の花粉など出るはずがない」という考えが主流でした。豊かな自然が残る南房総ならまだしも、都市化が進み、古くから二次林化が進む下総台地ではなおさらだというわけです。

 ところが、そんな北総地域でも自然に近い森が残る場所があります。いわゆる社寺林です。古来より、神社の周りに残る社叢林は「鎮守の森」と呼ばれ、手厚く保護されてきました。東京では明治神宮、千葉県では香取神宮などが有名ですが、もっと近場にも良い社叢林はあります。今回、私がお邪魔した成田市台方の麻賀多神社です(図1)。

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図1 麻賀多神社の境内(成田市台方)

 社伝によれば奈良時代以前に起源を持ち、印旛郡市に点在する「麻賀多18社」の本宮とされる麻賀多神社は、実際に行ってみると、面積はさほど広くないのですがスダジイやアカガシなどからなる自然林に、マツやスギの人工林が調和する静かな境内に囲まれています。それでは花粉はどうかというと、一般に表層花粉(現生の花粉群)はスポンジ状のコケ(蘚苔類)の中に溜まっていることが多いのですが、宮司さんの許可を得た上で、境内に生えるコケを何ヶ所か採取し、博物館の実験室で洗い出してみると、驚くほど美しい花粉群が得られました(図2,3)。

Fig.2
図2 表層花粉を含んだコケ(蘚苔類)群落

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図3 コケの中から得られた花粉群(200倍で撮影)

 ここでの「美しい」という意味は、花粉粒がつやつやとした光沢を持ち保存がいいということもありますが、スギを中心とする人工林に混じってカシ類、シイ類、ケヤキ、エノキ、サワグルミ属、モクセイ科など多様な自然林の樹種が現れることが重要です(注:多くのケースでは、スギあるいはシイ類の花粉が全体の過半数を占めるくらいに過大評価されます)。この花粉群の中で何が多いかというと、自然林要素の中での優占種はカシ類であり、次いでシイ類とナラ類が多産します(図4)。一つ言えるのは、この花粉組成は日本列島の暖温帯に現れるとされるカシ林そのものだということです。私が西南日本を巡っても簡単には見つけることのできなかったカシ林の表層花粉群が、中央博物館からせいぜい20km程度しか離れていない成田市内の社叢林で見つかりました。北総地域にはまだまだ豊かな森林が残っているということです。この自然を守り育てるとともに、さらに多方面からの研究が行われることで、新たな発見もなされていくことでしょう。

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図4 カシ・シイ・ナラ類の花粉(400倍で撮影)

(資料管理研究科 主任上席研究員 奥田昌明)

 

 

植物相調査と果実・種子標本採集

 

 この重点研究で行っている植物相(フロラ)調査については、「旭市の植物相調査」(令和3年1月15日ウェブサイトに掲載)をはじめとして、維管束植物を担当する職員が様々な観点からご紹介しています。

 「郷土の植物を記録する(旭市を例として)」(令和3年8月13日掲載)でもご紹介したように、植物相調査は複数人が役割分担をして行います。私は標本を採集する係になることが多いので、花や果実がついた植物を次々に採集していきます。この時に採集するのは「腊葉(さくよう)標本」と呼ばれる押し葉標本にするためのもので、樹木や大型の草本であれば花や果実のついた枝先や茎、小型の草本であれば根から掘り出して植物体を丸ごと採集します。このような標本採集の合間に、私は果実標本も別に採集しています。

 採集した果実標本は、果実の形態や標本の活用目的に合わせて処理を行い、整理します(図1)。松ぼっくりなど、水分が少ない果実はそのまま乾燥させます。ビワやアケビなど、いわゆる果肉があるような水分の多い果実の場合は、凍結乾燥させて果実の形がそのまま残る標本にしたり、中の種子だけ取り出して種子標本にしたりします(図2)。

Fig.1

 図1   整理途中の果実・種子標本

 

Fig.2

 図2   キカラスウリ果実の凍結乾燥標本

 

 「花や果実のついた植物体を採集しているのに、果実をさらに別に採集する必要があるのか」と疑問に思われるかもしれませんが、果実・種子標本には腊葉標本とは異なる役割があります。そのうち主な役割は、展示への活用です。

植物標本の基本形である腊葉標本は、植物相調査の証拠標本としても極めて重要なものです。もちろん博物館の展示にも活用されていますが、平面的であること、色褪せてしまいやすいことから、展示のメインになることはあまり多くありません。また、壊れやすかったり虫に食べられやすかったりとデリケートなので、来館者に直に触っていただくハンズオン展示にも向きません。一方、果実・種子標本は、立体的で形や大きさも様々です。丈夫なものは、触ってじっくり観察していただくこともできます。果実・種子標本は、植物標本の中では展示向きと言えるでしょう。上記の水分の多い果実の凍結乾燥は、まさに展示への活用を主目的とした保存処理です。

 展示とは、展示室に陳列されているものだけではありません。当館は野外施設の生態園を併設し、房総の代表的な植生を紹介しています。ここで「生きた標本」として植えられている植物の一部は、植物相調査をはじめとした千葉県内での野外調査の際に、研究員が採集した種子標本から育てた植物なのです(図3)。腊葉標本は、製作過程で60℃の乾燥機に4日間入れるので、種子がついていても発芽能力はほぼ失われてしまいます。別に採集した種子を保存しておくことで、確実に県内産とわかる植物を育てることができます。

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 図3   バックヤードでの植物育成の様子

 

 植物相調査の一員として調査を行いつつ、様々な博物館活動を支える標本を採集することも、野外に出かける意義と醍醐味なのです。

 

(生態学・環境研究科 研究員 西内李佳)

重点研究「下総台地東部の自然」令和3年度実績

 

「昆虫のファウナ調査」尾崎煙雄・斉藤明子・伴光哲

昆虫調査を3回行い、採集された約100個体を標本化した。うち1種は県内から近年の採集記録が少ない種であったため、記録を短報として投稿した。

 

「下総台地東部の多足類・クモ類相調査」 萩野康則

成田市、香取市、多古町の計6地点の森林で土壌資料を採取し、その中に生息する土壌動物を抽出装置で採集した。この6地点を含む15地点分の土壌動物から多足類とクモ類を選別し、クモ類については専門家に同定を依頼した。

 

「新生代以降の現生を中心とした貝類相の追加調査」 黒住耐二

現地調査は横芝光町と印西市で実施した。これまでの調査によって銚子地域で得られた標本を用いて、2冊の貝類図鑑を執筆した。下総台地の化石貝類が含まれている提供標本群を検討・登録した。
著作等
・黒住耐二・武井哲史. 2021. 日本と世界のタカラガイ. 271 pp. 誠文堂新光社, 東京.[銚子産の標本を使用]
・黒住耐二・大作晃一. 2021. くらべてわかる貝殻. 127 pp. 山と渓谷社, 東京. [銚子産の標本を使用]
・黒住耐二. 2021. “進化”を見ることのできる場所-下総台地のヌマコダキガイ化石. 千葉県立中央博物館HP. 重点研究「下総台地東部の自然」.12.  
展示
・千葉県立中央博物館「令和2年度春の展示・九十九里浜の自然誌」[横芝光町の高谷川低地の沖積産貝化石および東金市・大網白里町の養安寺遺跡出土貝類を展示した]
講演
・沖縄県立博物館・美術館 博物館企画展「海とジュゴンと貝塚人」第531回 博物館文化講座「沖縄の貝塚と貝類」講師/2021年10月16日・沖縄県立博物館・美術館講堂 [調査地域に位置する日本最古の貝塚 西之城貝塚に触れた]
社会貢献
・成田空港の更なる機能強化事業に係る自然環境保全検討座談会専門部会委員(成田国際空港株式会社)
・貝化石資料の分類整理作業、活用方針の検討(印西市教育委員会)[下総台地東部の貝化石を含む]
・茨城県外来種リスト作成補助[下総台地と関連性が高い]
・展示用貝類標本提供:千葉県の縄文貝塚の貝14種24個体(沖縄県立博物館・美術館)[成田市等の縄文貝塚の表採貝類標本を含む]
標本登録
・272点(約1000個体)(CBM-ZM 187585~)/下総台地の更新世化石と同じ層の可能性もあるエゾヌノメガイ<化石?>等を含む

 

「地域植物相の調査」 水野大樹・平田和弘・天野誠・御巫由紀・西内李佳・山本伸子・斎木健一

旭市において、市域を約1k㎡のメッシュに分け、メッシュ毎に出現した植物を記録している。令和3年度は、13回の調査で65メッシュの調査を行い、約400点の標本を採集した。そのうち、112点を同定して仮登録した。

 

「下総台地東部の蘚苔類相調査」 古木達郎

県立房総のむらで追加調査を実施し、稀産種ミゾウキゴケを含む15種を確認した。

 

「下総台地東部の地衣類相調査」 原田浩・坂田歩美

成田山公園と周辺において昨年度収集した150点の同定作業を進め、55種(仮同定を含む)を同定した。また、香取神宮の地衣類相調査を実施した。

 

「下総台地東部の大型菌類相調査」 大野将史

千葉県立房総のむらで採集された大型菌類について目録を作成した。これまで約35年間に合計321種の大型菌類が産することが明らかとなった。この中には、今回国内初記録となるコキララダマシが含まれる。また過去に採取、標本化できていなかったキヒラタケ、ヒラタケ、ヌルデタケ、ツノマタタケを含む128点の標本を登録することができた。

 

「下総層群の貝化石調査」 千葉友樹

茨城県鹿嶋市で露頭表面から貝化石を採集した。ベニサラガイ、エゾバイ、オシドリネリガイなどの千葉県内の下総層群ではあまり産出しない種が得られた。

 

「牛久−東金崖線の地形」 八木令子・吉村光敏

令和4年度トピックス展「五百沢智也氏が描いた房総の風景」で、大網白里の崖線沿いを描いた「昭和の森・大網白里町付近鳥瞰図」を展示する。そのため一般向けに、「牛久―東金崖線地形」を説明するパネルや地図などを作成している。

 

「下総台地の地層(下総層群)調査」 岡崎浩子

下総台地との対比のために連続して分布する鹿島台地の調査を行い、ドローンによる下総層群の写真を25枚撮影した。また飯岡台地を調査し、漂着軽石を20個採取した。

 

「下総台地東部の表層花粉調査」 奥田昌明

下総台地の自然植生と空中花粉の関係を明らかにする基礎資料として、昨年度に引き続き、東総台地から4社寺林を選び出し、31点の表層花粉試料を分析した。このうち成田市台方の麻賀多神社などから採取した試料15点が極めて良好な状況だったので、永久プレパラートに封じて中央博物館の微化石標本として登録した。

 

牛久―東金崖線(がいせん)の地形

 

牛久―東金崖線とは

 房総半島は、南部に山地や丘陵が分布し、中部から北部にかけて台地が広がっています(図1)。
 一般に丘陵と台地とでは、丘陵の方が台地より高いのがふつうです。しかし下総台地東縁では、不思議なことに台地(下総台地)の方が、丘陵(上総丘陵)より標高が高く、逆転した地形が見られます。その境は比高30メートルくらいの崖となっています(写真1)。
 台地と丘陵を隔てる崖は、東金市から千葉市、大網白里市、茂原市、長柄町、市原市牛久付近まで続き、牛久―東金崖線と呼ばれています。これらは太平洋側の水系と東京湾岸側の水系の分水界となっていて、房総では第一級の地形の境界線です。どうやってこの崖線はできたのでしょうか。

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図1 千葉県の地形と牛久東金崖線の位置

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写真1 千葉市少年自然の家近くの崖線地形

 

牛久―東金崖線の成り立ち

 今から12~13万年前の最終間氷期には、現在の下総台地のあたりに、古東京湾と呼ばれる浅い海が広がっていました。海進が終わり、海面が下がると、古東京湾の海底が干上がって陸地になります。陸になった下総台地の東部~南部は隆起によりゆるやかに高度が上がり、東京湾岸より高くなっていきます。
 その後さらに海面が下がると、太平洋側の河川(現在の一宮川など)の侵食力が増し、台地や山を削って、連続した崖ができます。崖の下は、上に載っていた砂層(木下層や金剛地層)が削られて、基盤の砂質泥層(笠森層)が露出し、それらが侵食されていきます(図2)。
 この時、分水界がふつうの形(対称的な稜線)にならず崖になったのは、台地を構成する砂層と、その下の泥岩層の透水性の差による侵食力の違いが関係しています。すなわち泥の地層は水を通しにくいため、降った雨が谷を作り、侵食が進んで、高さの揃った山(低いので丘陵と言います)になっていきます。一方砂層の部分は水を透しやすいため、雨が降ってもしみ込んでしまい、侵食が進まず、東側の丘陵との間に段差ができ、急崖が形成されたと考えられます。

zu2図2 房総半島中部の横断面図(吉村・八木, 2001の図を基に作成)

 

新しくわかったこと

 今回、牛久-東金崖線上にある千葉市の小中池や大網白里市砂田付近で地形や地層を詳しく調べた結果、崖の下部は砂と硬い泥との互層からなり、砂の部分から水が抜けていることがわかりました(写真2)。この地層は笠森層の上部の市野々砂泥互層(徳橋・遠藤,1984、七山他,2016)で、大きく見ると、崖は二層でなく、三層構造になっていたのです。そして砂泥互層の水がしみ出ているところから、丘陵を開析する谷ができています。丘陵部の高さが揃っているのは、水源となる湧水点が同じような高さにあったからだと考えられます。

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写真2 崖線下部の市野々砂泥互層(小中池付近)

 

今後明らかにしたいこと

 牛久-東金崖線を調査することで、この地域では地層の性質に対応した微地形や水の流れがあることがわかってきました。また崖線上には、東京湾側の河川が、侵食力の強い太平洋側の水系によって、その流域を奪われていったことを示す風隙(ふうげき)や、河川争奪、段差に懸かる滝などの特徴的な地形が多数見られます。
 これらの正確な分布状況や、いつ頃、どのように形成されたのかを明らかにし、牛久-東金崖線が、ダイナミックな「地形変化の場」であることを示したいと考えています。さらにこの地形境界が、人の生活とどう関わってきたのか、特定の動植物(水に関わる?)の生息状況との関わりがあるのかなど、話題を広げていければと思います。

 

引用・参考文献:
七山 太・中里裕臣・大井信三・中島 礼(2016):茂原地域の地質. 地域地質報告(5万分の1地質図幅). 産総研地質調査総合センター, 101p.
徳橋秀一・遠藤秀典(1984):姉崎地域の地質. 地域地質研究報告(5万分の1図幅), 地質図及び同説明書, 地質調査所136p.
吉村光敏・八木令子(2001):地学野外観察会「房総の地形をたずねる-房総半島横断・小櫃川干潟~九十九里浜」テキスト, 21p.
吉村光敏(2009):千葉市東縁の崖線~牛久・東金崖線の地質と地形~. 平成21年度ちばカレッジ第7回資料(千葉市生涯学習センター), 7p.

(地学研究科 上席研究員 八木 令子・中央博物館共同研究員 吉村 光敏)