生態園の歴史

生態園の歴史

生態園は、中央博物館の附属施設として1989(平成元)年に開園しました。房総半島の代表的な植生を再現し、生きている自然の姿を、あるがままに見学できる施設として整備されました。生態園が造られる前、この地は牛や馬、羊が放牧されている国の畜産試験場でした。

生態園の整備にあたって、試験場の牧草地を造成して、木や草を植えました。植えた草木だけでなく、自然に生えてくる植物も、自然に住み着いた動物もそのまま生かして、今に至っています。開園から30年が過ぎ、当初、草地だったところが、大きな林に変貌しているのがわかります。ただ当初の目標である千葉県の植生の再現としては、まだ道半ばです。木が成長して、やっと林らしくなったので、これからも、千葉県内では比較的よく見られるものの、生態園にまだ生育していない植物を補植していく予定です。

 

沿革

江戸時代:舟田池が人工の溜め池として造られていた。池の南側に東金街道(旧)が通っていた(1677年の「川崎溜池絵図」による)。

1917(大正6)年〜1980(昭和55)年:生態園と青葉の森公園周辺は、国立の畜産試験場本場であった。畜産試験場は1980年につくば市に移転した。

1984(昭和59)年:千葉県立中央博物館基本構想のなかで、野外観察地(生態園と名称が決まるまでの仮称)の案が示される。

1986(昭和61)年〜1987(昭和62)年:野外観察地の基本設計・基本計画策定。

1986(昭和61)年〜1990(平成2)年:中央博物館本館棟の建設や生態園、青葉の森公園の整備等、様々な工事が行われた(旧畜産試験場建物取り壊し、文化財発掘調査、土地造成、樹木植栽・移植、舟田池改修など)。

1989(平成元)年2月:開園(植物群落園とオリエンテーションハウスを一般公開)。

1990(平成2)年4月:野鳥観察舎とその周辺を一般公開。

1995(平成7)年7月:植物分類園・生態実験園を一般公開。

2007(平成19)年:植物園自然保護国際機構(BGCI)が提唱した、「植物園の保全活動に関するする国際アジェンダ」(2000)への賛同園として、同機構から認定・登録された。

2011(平成23)年:「バードピア」として公益財団法人 日本鳥類保護連盟に登録された。

 

整備工事

現在の姿からは想像がつきませんが、いまの生態園の景観は舟田池周辺を除いてゼロから育てられたものです。生態園の整備は1987(昭和62)年12月に始まりました。農水省の畜産試験場の跡地をブルドーザでならし、園路や「せせらぎ」などの地形がつくられました。翌1988年2月に植栽工事がはじまり、日本各地の若木・苗木をつかって房総の自然の再現がはかられました。生態園は1989(平成元)年2月に一般公開され、現在に至っています。

オリエンテーションハウス前、海岸植生付近の造成作業
オリエンテーションハウス前、
海岸植生付近の造成工事

植栽工事の様子
植栽作業のようす

 

写真で見る植生の変遷

生態園は、2019(平成31)年に開園30周年を迎えました。造成された空き地に木を植えたところから始まり、木々が大きくなり林にまで成長しています。開園当時の写真と2019年の写真を対比すると、30年の月日で植生がどの程度変化したのかを実感することができます。

生態園に今ある林は、高さ1~2m程度の木を植えるところから始まりました。植えた木が倒れないように支柱を当て、さらには、隣に植えた木と竹などで連結して補強することもありました。木のまわりには、さんさんと日が降り注ぎ、地面は草の天国となりました。草はどんどん成長して、木が草に覆いかぶされてしまうことがありました。その時は、草を刈って、木を守りました。幸い多くの木は成長し、背の高い林になりました。木が大きくなると、地面が暗くなり、草の勢いもだんだんと弱くなり、ほとんど生えなくなりました。30年の変遷を見ると、植えた木以外に、自然に生えた木も、大きくなって林を形成していることもわかります。

写真の撮影地点の地図

A.オリエンテーションハウス付近の変遷
B.森林移植地付近の変遷
C.アカガシ林付近の変遷
D.モミ林付近の変遷
E.ススキ草地付近の変遷
F.イヌシデ・コナラ林付近の変遷
G.野鳥観察舎入口付近の変遷