日本画

石井林響(いしい りんきょう)
【明治17年(1884)~昭和5年(1930)】

千葉市に生まれる。本名、毅三郎(きさぶろう)。千葉中学校(現・県立千葉高等学校)で堀江正章(ほりえ まさあき)に洋画を学ぶ。その後日本画家の橋本雅邦(はしもと がほう)の門下生となり、二葉会展などに作品を出品し、受賞を重ねる。第6回文展に『白映』を出品し、褒状を受ける。大網白里町に移住。第8回帝展に『野趣二題』を出品。日本画部審査委員などをつとめる。大網白里町で逝去。

『木華開耶姫』
【明治39年(1906) 絹・着彩 115.0×60.0cm】

『木華開耶姫』この作品は、天皇の祖先神である「ににぎのみこと」が、山を司どる「おおやまつみのかみ」の娘、木華開耶姫(このはなさくやひめ)を見染めるシーンです。若い男女の心のふれあいの一瞬を描いています。制作は、橋本雅邦に入門5年程の22歳の時であり、第5回二葉会展において2等となった天風(てんぷう・当時の雅号)時代の作品です。

東山魁夷(ひがしやま かいい)
【明治41年(1908)~平成11年(1999)】

神奈川県に生まれる。本名、新吉(しんきち)。東京美術学校日本画科卒業。ドイツを主に欧州へ留学。第3回日展に『残照』を出品し、特選となる。市川市中山に居を定める。第11回日展に『黄昏』を出品し、日本芸術院賞を受賞。昭和44年(1969)文化勲章を受章。昭和50年(1975)唐招提寺障壁画『山雲・濤声』を完成。長野に東山魁夷館が開館。

『春雪』
【昭和48年(1973) 紙・着彩 168.0 ×215.0 cm】

『春雪』この作品は、第5回改組日展に出品されました。白と青の濃淡による簡潔な構成です。この頃、唐招提寺の障壁画「山雲」「濤声」の制作に当たり、作者の心をとらえていた水墨の世界への志向が醸し出されています。