千葉県立中央博物館 大利根分館


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千葉県立中央博物館 大利根分館外観
〒287-0816 千葉県香取市佐原ハ4500 開館時間 : 9:00〜16:30 休館日 : 月曜日 ※10月1日〜3月31日は閉館期間中です。TEL: 0478-56-0101 FAX: 0478-56-1456

 

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附洲排水機(つきすはいすいき)

利根川高瀬船(実物の1/5大の模型)

利根川高瀬船「牛堀より霞ヶ浦を望む」 茨城県行方郡牛堀町、大正9年(1920)

水車(みずぐるま)

水汲み風景写真 香取市水郷町 昭和31年(1956)

唐箕(とうみ)

錦絵「笠川の髭造」 『近世水滸伝』 三代豊國画

錦絵 冨嶽三十六景 常州牛堀 北斎画

石枕 香取市十三塚古墳群出土 古墳時代中期

カルガモ 標本(ひょうほん)

附洲排水機  (つきすはいすいき)

附洲排水機  (つきすはいすいき)

形式:横軸軸流ポンプ 吐水量:275 立方/分 回転数:140回/分 口径:1600㎜ 
全揚程:1.85㍍ 原動機出力:150kw
この大型排水機は、昭和17年(1942)に千葉県香取市の十六島の東端、附洲排水機場に設置されたものです。
十六島は、利根川本流と常陸利根川・横利根川に囲まれていて通称「水郷十六島」と呼ばれています。低湿地であるため常に水害に悩まされてきたため、この排水機を設置して人々のくらしや広大な耕地を守りました。昭和63年(1988)に新附洲排水機場の完成により撤去されました。

利根川高瀬船(実物の1/5大の模型))

利根川高瀬船(実物の1/5大の模型)

利根川水系で活躍した高瀬船は他地方とは違って、大型で約600~1200俵もの米俵を運んだものもありました。船の内部には日常生活ができるようにセイジと呼ばれる部屋が設けられ、船頭三~四人で船を操っていました。
この利根川高瀬船は、下総地方の村々や仙台などの東北諸藩からの年貢米を中心としたしょうゆや酒、たばこなどの特産物を江戸へ運びました。利根川をさかのぼった船は、関宿から江戸川を通って江戸へ入りました。

利根川高瀬船「牛堀より霞ヶ浦を望む」 茨城県潮来市牛堀、大正9年(1920)

利根川高瀬船「牛堀より霞ヶ浦を望む」茨城県潮来市牛堀、大正9年(1920)

『写真集 利根川高瀬船』より 編集千葉県立大利根博物館 発行大利根博物館友の会 1994年
常陸利根川の風景です。船は、真横に近い方向から風を受けて進んでいます。左の2艘とも脚舟を曳いています。右手の岸をたどっていくと、先の方にも1艘見えますが、そこで川幅はかなり狭くなっています。
この写真が撮られた大正時代末期から昭和時代初期には、尋常小学校を出てすぐの12, 13歳頃から親について船に乗り始めた場合が多かったようです。一人前の目安に「棹先三年、櫓は三月」といわれていました。
しかしながら利根川高瀬船は、鉄道などの陸上交通の発展や治水政策の転換などにより大きな影響を受けて、昭和時代初期にその姿を消していきました。

水車 (みずぐるま)

水車 (みずぐるま)

水郷地方は低湿地帯で古くから稲作が行われていました。水田のまわりには縦横に水路(エンマ)が入り組み、田に出るにも舟(サッパ舟)で移動していました。このような場所では、田と水路の水面との高低差が少なくて水位も低いので、田に水を汲み上げるのに水車(踏車とも呼ばれる)が使われました。
水車が発明される以前には手桶や、振りおけなどを使って人力で水を汲み上げていました。江戸時代の寛文年間(1661~1673)に大阪で水車が発明されて、全国に広まっていったとされています。水車の発明は当時としては画期的なことだったでしょう。また、水車の他に木製のポンプ(水郷地方では水を吸い込む時の音から「ズーポー」という)なども使われていました。
昭和時代初期の石油発動機の普及とともに、水汲みは人力から動力へと代わり、農作業は飛躍的な発展をとげました。

水汲み風景写真 香取市水郷町 昭和31年(1956)

水汲み風景写真 香取市水郷町 昭和31年(1956)

 『写真集 水郷の原風景』から 編集千葉県立大利根博物館 発行大利根博物館友の会 1995
田に水を入れるのは当時大変きつい労働で、田植え前の四月から刈り入れ直前の八月中頃まで、農作業の八割近くが水汲み作業に費やされたといわれるほど大事で、骨の折れる仕事でした。水量や場所によっても作業効率は異なりますが、一段(約9,92a)の田に水を入れるのに、約1~3時間かかったといわれます。また、降雨の度合いによっては田に水が入りすぎてしまい、苗が水没してしまうような場合には逆に設置してわざわざ汲み出すことにも使われました。

唐箕(とうみ)

唐箕 (とうみ)

風の力を利用して、穀物を精選する農具です。中国から伝わったといわれ、日本で唐箕が利用されるようになったのは、江戸時代の元禄年間(1688~1704)頃であるといわれています。上部についた漏斗(ろうと)に穀物を入れて、手前の取手を回して風を起こして、重いものは手前の樋(とい)から出てきて、軽い殻やゴミは外に吹き飛びます。

錦絵「笠川の髭造」 『近世水滸伝』 三代豊國画

錦絵「笠川の髭造」 『近世水滸伝』 三代豊國画

 「天保水滸伝」は、江戸時代末期に利根川下流域で起こった笹川事件を基にした話で、その内容は中国の『水滸伝』を模して作られました。事件の何年か後にこれらを取材した江戸の講釈師宝井琴凌によって「天保水滸伝」が誕生したと言われています。それ以後時代とともにさまざまな作品が世に出されていきました。
この錦絵は、文久2年(1862)に三代歌川豊國によって作られた「近世水滸伝」で、伊勢屋から出されました。人物名を笠川の髭造というように、実名の笹川の繁藏を変えて使用しています。

錦絵 冨嶽三十六景 常州牛堀 北斎画

錦絵 冨嶽三十六景 常州牛堀 北斎画

葛飾北斎によって描かれた利根川高瀬船の様子です。
船の中から釜の水を捨てています。この屋根のある場所はセイジといって、銚子から江戸までは早くて一週間から10日ほどかかるのでその間に船頭(センドウ)が寝起きをする場所でした。そのセイジの上に帆柱が倒してあります。また、船首にホウキとアカトリ(水を汲む道具)がおいてあり、荷物の上にカマスが積んであります。

石枕 香取市十三塚古墳群出土 古墳時代中期

石枕 香取市十三塚古墳群出土 古墳時代中期

古墳の遺骸埋葬に用いた石製の枕です。頭部が安定するように、中央部に円形の窪みを作り出しています。また、枕の周囲に飾りの立花(りっか)が立てめぐらしてあります。
石枕の分布は東国に多く、特に千葉県や茨城県下に多く、地域的な特色が考えられます。

カルガモ 剥製(はくせい)

カルガモ 剥製(はくせい)

水郷地方にはいままでに、25種のガンカモ類が記録されています。夏には各地の水辺でカルガモが繁殖して、冬には北国から多くの種類が渡ってきます。
カルガモは、全国の湖沼や水田、河川などで水辺やその周辺で繁殖する留鳥です。他の鴨と違って、オスとメスが同色で、体は褐色で黒褐色の班があり、顔は単色で特徴のある2本の黒線が走っています。グェグェッと押しつぶしたような声で鳴きます。
東京都の大手町の三井物産ビルでも繁殖し、毎年時期になると雛たちの愛らしい姿がみられます。

 
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