千葉県立関宿城博物館

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 干鰯(ほしか)をもちいたワタの観察日記 干しかっぴー 
 
今年は干鰯をテーマに企画展を催すことになりました。
干鰯は綿花などを育てる肥料として大変効果がありました。
私たちもできるだけ同じ方法で綿花を育てることにしました。
 


6月21日(水)
①
雨のせいか葉が生き生きしています。全長15㎝程度に成長しました。
③ 
「棒肥」の有無で際立った差はみられません。棒がさしてある方が「棒肥」を施してあるものです。

6月17日(土)
③
「棒肥」をして10日たちました。最近の寒暖の差のせいか、大きな成長は
見られません。
② 
手前「棒肥」を施したもの。後ろしていないもの。若干手前の方が元気があるように見えます。

6月13日(火)
①穴?!
先週マルのまま「さし肥」として埋めた干鰯が姿を消してしまいました。
どうも、いつも近所を歩いている猫がとっていってしまったようです。魚のしっ
ぽが少し土から出ていたのがいけなかったのかもしれません。
② 
確かに『農稼肥培論』には、「犬、狐などが掘る事ある地では、灰をまぜて施すか土を覆った上に灰をつまんで置くこと」と書いてありました。また、「さし肥」は、「大鰯なら3ツ切、中ならば2ツ切、小ならばそのまま」とあったので、
今回は2ツ切にして再度チャレンジです。

④ 
念のため、「棒肥」のほうの砕いた干鰯が土中にあるか掘り返してみました。
ボロボロとして分解中のような状態でした。
③ 
火鉢の灰を上からまいておきました。今度は犬や猫にとられずにすむのでしょうか?
6月7日(水)
播州辺り
「播州辺にて綿をつくる図」(国立国会図書館デジタルコレクションより)
『綿圃要務』(天保4(1833))
江戸時代:綿作りの先進地だった、関西・中国地方では、綿が5~6㎝まで
伸びた頃、一番肥をやったようです。根元近くに棒で穴をあけて、粉にした
干鰯を入れていきます。これを 「棒肥(ほうごえ)」とか「穴肥(あなごえ)」
といいます。
⑤ 
用意しておいた干鰯です。大きい方はマイワシ、小さい方はカタクチイワシです。

① 
「棒肥」のやり方をやってみます。まず、根元に1、2寸(3~6㎝)ほど棒で穴
を開けます。
② 
干鰯をすり鉢でくだいたものです。



③
先ほど開けた穴に砕いた干鰯を入れて土をかけました。
また、同じく大蔵永常が書いた「農稼肥培論」では、「さし肥」といって、丸ごと干鰯をさす方法を紹介しています。育ち方を比較するため、「さし肥」もやってみました。
④ 
同様にして開けた穴にマルのままの干鰯を入れて土をかけました。

6月3日(土)
①

② 
ポット有り、なしで成長にあまり変化がみられません。

5月31日(火)
①
本葉が大きくなりました。
② 
ポット有り、なしで植え替えをしたものも順調に育っています。

5月28日(日)
①
小さいポットから大きめの鉢に植え替えをしました。
双葉の中央から本葉が生えてきています。
② 
ポット有り、なしで植え替えをしました。木綿は共生菌の力を借りて育っているので、ポットからはずして植えると菌が減り、生育が止まってしまうと言われています。そこで、生育の比較をするために、ポットに入れたままの状態のものと、ポットからはずした状態のものとに分けて植え替えました。
ポット入りのものについては、根の生育を防げないように、ポットの底に十字の切り込みを入れて植え付けをしました。
5月25日(木)
②
雨が降っているせいか、今日は葉が生き生きしています。
① 
茎は5~6㎝伸びています。
5月21日(日)
①
7つのポットは順調に成長しています。
② 
茎が3㎝程度伸びました。
5月18日(木)
①
8つあるポットの内7つ発芽しています。
② 
つぎつぎと綿帽子を脱いで芽ぶいてきています。
5月17日(水)
①

② 
昨日、今日と少し肌寒かったのですが、ワタは順調に育ってきています。双葉になりました。
5月14日(日)
①

② 
種を蒔いて4日で芽がでてきました。
5月11日(木)

①
市販の栽培用の土に石灰を少量まぜ、アルカリ性に中和しておきます。
浸した綿の種をまきました。
② 
小さいポットに土を入れ、そこに3粒づつ種をまき、少し土をかぶせます。
乾燥しないように十分な量の水をかけました。

5月9日(火)


①
江戸時代後期に大蔵永常が著わした綿作りの指南書「綿圃要務(めんぽようむ)」
では、八十八夜の頃に種をまくのがよいそうです。
本来は小便で藁灰を溶き、種をまぶして、もみ合わせると、けばで固まった一粒
ずつがばらばらになるそうです。
② 
今回はキッチンペーパーを水でひたひたに湿らせ、種を一晩その中に浸しました。