千葉県立関宿城博物館

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 干鰯(ほしか)をもちいたワタの観察日記 干しかっぴー 
 
今年は干鰯をテーマに企画展を催すことになりました。
干鰯は綿花などを育てる肥料として大変効果がありました。
私たちもできるだけ同じ方法で綿花を育てることにしました。
 


8月30日(水)
⑤
これが収穫したワタです。
今日でワタの観察日記は終了いたします。
5月からワタの観察日記にお付き合い頂きありがとうございました。

 いわしくん






10月3日からは、企画展「鰯は弱いが役に立つ‐肥料の王様 干鰯‐」が
オープンします。綿作りをはじめ、いろいろな作物づくりに、イワシくんが大活躍しますので、是非、関宿城博物館に見に来てください(収穫したワタも展示しています。12月3日まで)
8月29日(火)
比較②
右が干鰯を与えたもの、左が与えなかったものです。
比較① 
虫の被害を多く受け、葉が少ない右(干鰯あり)、曲がって成長してしまっている左(干鰯なし)と、生育の過程でそれぞれ自然の影響を受けているので比較するのは難しいですが干鰯ありの方が若干緑が濃く、幹も太いように見えます。実の数にあまり違いはないようです。

8月26日(土)
①
綿の実の皮が割れ、中のワタが顔を出しました。
③ 
ワタを手で摘み取り収穫しました。

③
この2、3日で多くの実や葉に虫が増殖し、葉を枯らしています。
②
白い糸のようなもので葉を巻き付けて、その内部に巣くって、葉を食べる毛虫です。また、そこに小さなアリもたくさんたかっています。あくまで防虫剤は使わないことにして、虫がついてしまった葉は取り除くようにしました。
摘む①
「綿圃要務」綿を摘図           国立国会デジタルコレクションより
「綿圃要務」によれば、「綿は日和草(ひよりぐさ)とて、晴天続く時ハ上作(豊作)、
雨多きとしハ必ず不作なり」といいます。今年は、開花時に雨が続き、1本あたり
の実の数は、今のところ2~3個です。しかも虫がついてしまったため、この後、
はたして収穫は続けられるのでしょうか?


8月19日(土)
①
綿の花より、実の数が増えてきました。
② 
青々していた葉が幾分か茶色になってきました。

8月9日(水)
②
綿の花です。これからは、まだまだ咲いてほしいところです。
① 
ぶどう(巨峰)の実ほどの大きさの実ができ初めています。

0809モモ図
「綿圃要務」では、綿の実のことを「モモ」と紹介しています。モモが
「三フサ」のものと、「四フサ」のものがあり、「四フサ」のほうがたくさ
んワタが穫れるようです。

 0809③
博物館で育てているワタは上から見ると3つに分かれていたので、「三フサ」の類のようです。
8月1日(火)
 『綿圃要務』では、「土用入の頃には、およそ丈は、一尺五六寸(約45㎝位に伸びるなり、この時、末の芯を留めるなり。かくの如くなさざれば、枝茂らず。この芯を留める故に、横へ数本の枝を生じ、桃(=実)多く付くものなり。」とあります。植物の多くは「頂芽優勢(ちょうがゆうせい)」と言って、茎の先端部分(芯〈しん〉という)ほど勢いよく伸びて、株の下のほうから芽が出にくい性質をもっているそうなのです。こんなことも、もう江戸時代には知られていたのですね。もう土用も過ぎましたので今日は「摘心(てきしん)」を行いました。
①
ここが芯の部分です。
② 
芯を摘み取りました。

7月25日(火)
『綿圃要務』によれば、夏の半ばまでに三度ほど施肥すればよいそうです。
しかし、よく読むと、施肥が土用より遅れると「肥(こえ)の気(き)が残って、
綿の吹き方が悪い」とも書かれていました。今日は土用(の丑の日)!!
昔の「夏の半ば」は今より早いようです。慌てて、三番肥をやりました。
一番肥に干鰯、二番肥に油かすをやったので、今回、三番肥はまた干鰯
をやることにしました。②
干鰯をくだいたもの






③ 
一番肥同様、根元に1、2寸(3~6㎝)ほど棒で穴を開けました。

④
その穴に砕いた干鰯を入れて土をかけました。これで最後の施肥となります。
④ 
多くの蕾が花を咲さかせています。土用を過ぎたら「木末(きすえ)の芽を
留(とめ)る」作業をするそうなので、近日中に摘心を行いたいと思います。

7月19日(水)
①
綿の花が咲きました。1本の綿に8つ程度蕾がついています。
② 
全長が45㎝程度に成長しました。

7月11日(火)
『綿圃要務』によれば、夏の半ばまでに三度ほど施肥すればよいそうです。
一番肥に干鰯をやった場合は、二番肥は油かすをやるのがよいそうなので、
今回は油かすをやることにしました。
穴掘り②
棒で1、2寸(3~6㎝)ほどの穴を根元に開けました。



油かす 
開けた穴に油かす(菜種油を搾った残りかす)を追肥しました。

7月6日(木)
0706
全長が32㎝程度に成長しました。「棒肥」の有無で差はありませんでした。
つぼみ 
綿に5ミリ程度の蕾(つぼみ)をがつきました。

6月28日(水)
②
全長が23㎝程度に成長しました。上の方の葉も大きくなってきています。
① 
今回も「棒肥」の有無で際立った差はみられませんが、どちらも順調に成長しています。

6月21日(水)
①
雨のせいか葉が生き生きしています。全長15㎝程度に成長しました。
③ 
「棒肥」の有無で際立った差はみられません。棒がさしてある方が「棒肥」を施してあるものです。

6月17日(土)
③
「棒肥」をして10日たちました。最近の寒暖の差のせいか、大きな成長は
見られません。
② 
手前「棒肥」を施したもの。後ろしていないもの。若干手前の方が元気があるように見えます。

6月13日(火)
①穴?!
先週マルのまま「さし肥」として埋めた干鰯が姿を消してしまいました。
どうも、いつも近所を歩いている猫がとっていってしまったようです。魚のしっ
ぽが少し土から出ていたのがいけなかったのかもしれません。
② 
確かに『農稼肥培論』には、「犬、狐などが掘る事ある地では、灰をまぜて施すか土を覆った上に灰をつまんで置くこと」と書いてありました。また、「さし肥」は、「大鰯なら3ツ切、中ならば2ツ切、小ならばそのまま」とあったので、
今回は2ツ切にして再度チャレンジです。

④ 
念のため、「棒肥」のほうの砕いた干鰯が土中にあるか掘り返してみました。
ボロボロとして分解中のような状態でした。
③ 
火鉢の灰を上からまいておきました。今度は犬や猫にとられずにすむのでしょうか?
6月7日(水)
播州辺り
「播州辺にて綿をつくる図」(国立国会図書館デジタルコレクションより)
『綿圃要務』(天保4(1833))
江戸時代:綿作りの先進地だった、関西・中国地方では、綿が5~6㎝まで
伸びた頃、一番肥をやったようです。根元近くに棒で穴をあけて、粉にした
干鰯を入れていきます。これを 「棒肥(ほうごえ)」とか「穴肥(あなごえ)」
といいます。
⑤ 
用意しておいた干鰯です。大きい方はマイワシ、小さい方はカタクチイワシです。

① 
「棒肥」のやり方をやってみます。まず、根元に1、2寸(3~6㎝)ほど棒で穴
を開けます。
② 
干鰯をすり鉢でくだいたものです。



③
先ほど開けた穴に砕いた干鰯を入れて土をかけました。
また、同じく大蔵永常が書いた「農稼肥培論」では、「さし肥」といって、丸ごと干鰯をさす方法を紹介しています。育ち方を比較するため、「さし肥」もやってみました。
④ 
同様にして開けた穴にマルのままの干鰯を入れて土をかけました。

6月3日(土)
①

② 
ポット有り、なしで成長にあまり変化がみられません。

5月31日(火)
①
本葉が大きくなりました。
② 
ポット有り、なしで植え替えをしたものも順調に育っています。

5月28日(日)
①
小さいポットから大きめの鉢に植え替えをしました。
双葉の中央から本葉が生えてきています。
② 
ポット有り、なしで植え替えをしました。木綿は共生菌の力を借りて育っているので、ポットからはずして植えると菌が減り、生育が止まってしまうと言われています。そこで、生育の比較をするために、ポットに入れたままの状態のものと、ポットからはずした状態のものとに分けて植え替えました。
ポット入りのものについては、根の生育を防げないように、ポットの底に十字の切り込みを入れて植え付けをしました。
5月25日(木)
②
雨が降っているせいか、今日は葉が生き生きしています。
① 
茎は5~6㎝伸びています。
5月21日(日)
①
7つのポットは順調に成長しています。
② 
茎が3㎝程度伸びました。
5月18日(木)
①
8つあるポットの内7つ発芽しています。
② 
つぎつぎと綿帽子を脱いで芽ぶいてきています。
5月17日(水)
①

② 
昨日、今日と少し肌寒かったのですが、ワタは順調に育ってきています。双葉になりました。
5月14日(日)
①

② 
種を蒔いて4日で芽がでてきました。
5月11日(木)

①
市販の栽培用の土に石灰を少量まぜ、アルカリ性に中和しておきます。
浸した綿の種をまきました。
② 
小さいポットに土を入れ、そこに3粒づつ種をまき、少し土をかぶせます。
乾燥しないように十分な量の水をかけました。

5月9日(火)


①
江戸時代後期に大蔵永常が著わした綿作りの指南書「綿圃要務(めんぽようむ)」
では、八十八夜の頃に種をまくのがよいそうです。
本来は小便で藁灰を溶き、種をまぶして、もみ合わせると、けばで固まった一粒
ずつがばらばらになるそうです。
② 
今回はキッチンペーパーを水でひたひたに湿らせ、種を一晩その中に浸しました。